「おーい、まことちゃん? さっきからぼーっとしてるけど、どうしたの? 大丈夫?」
「……え、ああ、うん、大丈夫」
すると、先輩のその声で現実に引き戻された。
葉司の幻覚をかき消すように頭をふるふると振って、記憶を脳みその隅に追いやる。
どれくらいの間、ぼーっとしていたのかは定かではないのだけれど、あわよくばキスでもしてきそうなくらい顔を近づけてきている先輩から察するに、迫ってくる過程にも気づかなかったというのは、相当ぼーっとしていたらしい。
てか、近いな、茨城。
「近寄らないで、って言ってるでしょ」
「おおっ、俺としたことが!! もっかい呼びかけても返事がなかったらキスするとこだった!!」
「……」
本当にキスするところだったのかよ。
先輩の前じゃ、ほんの少し感傷に浸るだけでも命取りじゃないか、クワバラ、クワバラ。
そうして、ほっと胸を撫で下ろしていると、携帯で時刻を確認した先輩が言う。
「ねえ、まことちゃん。もう6時になりそうだから、そろそろ移動しはじめよっか。ディナーのホテル、ここからけっこう距離あるんだ」
「そうなんだ、じゃあ、行きますか」
「オッケー」


