マー君(原作)

死ぬという言葉は命の重さを表すものではないとしたら?

絶対的な恐怖に屈した時、俺は何を感じた。

何を−−。

洋太が考え込んでいると、吉沢が静かに答えた。

「人は根本的に弱い生き物だ。常にどこかに逃げようとしている。

例えば、夢から覚めることを拒む行為、それは誰にでもありえ、それは弱さだ。

現実から逃げようとしている心の弱さだ。

だから人は絶対的な恐怖を目の前にした時、いとも簡単に屈する。

希望が絶たれたと絶望する。

Mウィルスは言わば人のそんな心を助長するものだ。人は希望を失った時、逃げるんだ。

現実から。

自殺や薬なんかがいい例だ。誰が希望のない世界のために必死に生きる?」

「だから、モルグにいる奴らは希望を捨てたのか?」

「希望は恐怖を産む。そして恐怖は支配を産む」

吉沢は洋太から目を離し、カプセルを見上げた。

「希望を失った人間には死という恐怖を拒否できない。

いやその力が弱い。だから、逃げようとする。

死ぬ苦痛を味わう以前に、どこかに逃げようとする。恐怖に立ち向かわず、逃げれば救われると思いたいから。

そう−−」

目を閉じ辛そうに呟く。

「人間は弱い生き物なのだよ。心の弱い、脆い−−生き物なのだよ」