騰蛇

白髪皇子

万里小路の一姫

そして、阿久。


バラバラだった破片が、繋がり合い隠された姿が徐々に現われる。
私の頭の中で構築された「もしも」の話。
今からその答え合わせをしようじゃないか。





阿久と蛇の間に立つ私に、その場にいる人間たちの視線が突き刺さる。
だが臆するな。
何とか突破口を開かなくてはならない。私が蛇を説得しなくては、ここを切り抜けれない。

「蛇の母君は貴族。きっと母君の手元で育てられたのだろう、そなたは所作が美しい。端々に垣間見れるぞ。そして中流貴族としての名も美味い餌となり騰蛇に付け入られた…。」

今にも飛びかからんとする姿勢の蛇だったが、剣先を下げた。
これは私の話を聞いても良いと捉えておこう。

「なんで中流貴族だなんて思うんだ?皇子様なんだろ」

小馬鹿にしたように鼻を鳴らし、赤い隻眼が眇められる。

「内侍にもなれぬ女官の産んだ皇子ではな、……万里小路の伝手であれば主家の姫君が入内しているからな、そなたの母を擁護するには複雑な立場になる。それを考えたそなたの母は身を隠す事を選んだのだろう。そもそもあの宮中で後ろ盾も持たぬ皇子が成人するまで生きれるものか。誰にも知られぬように、誰の子であるのか悟られぬよう、そなたの母御は心を砕いたことであろう。」

身じろぎすらせずに、炎を宿すその真紅の隻眼が私を射すくめる。揺らめく炎は憎悪に染まる。人を憎む時の瞳は紅いのだ。

私も子を持つ親になり、親の気持ちを知る立場となった。
何に引き換えたとしても、子を守りたいと願ったであろう彼女の思考を想像すれば、朧げながら事の輪郭が見えてくる。

「万里小路の傍流である蝮の母君は、主家のツテで女官として宮中で奉公しておったのではないか?
貴族の子女であれば、それは箔が付くというもの。その時に御手が付き、蛇を孕んだまま宮中から退いて、母はひっそりと子を産んだ。それが蛇、そなただ。」

下げられた鋒が僅かに上向く。

「伽耶!やめろ!」

背後で叫ぶ阿久を手で制する。

「蛇、これは私の想像だ。実際とは違っているだろうが構わないだろう、直ぐに殺される女の戯言に、ほんの少し付き合う位。」

阿久を横目で見れば酷く消耗した様子。
少しでも身体を休めてやる時を稼がねば。

そうして私はポツポツと話し出した。




母子共につましく暮らして行けるなら今の様な事にはならなかっただろう。
官職に着けぬ貴族など惨めな物はない。そこに付け入る蜥蜴のエグさは唾棄すべきだ。

騰蛇の欲した金蔓は国司の地位。
宮中の官職に就いたとて俸禄は微々たるもの。それよりも地方に赴き直に財を成す方が旨味のある話。

だが国司という官職に着くにはどうやっても貴族でなくてはならない。

そこで表に立てぬそなたに成り代り、蜥蜴がそなたの居場所を奪った。
そなたの父としてそなたの家に入り込んだ。母君の口利きで主家の伝手を使い、官位を得て国司に収まる事に成功した。
裏でどのような悪どい手を使ったかは私のあずかり知らぬ事だが、正攻法でそれが出来るとは思えぬからな、そういう事だろう。

そなたの母御も生きて行く為それも致し方無しと受け入れたのやも知れぬ。
勿論そなたの出自についてまで騰蛇は知りはしなかった筈。知っていたので有ればお前を積極的に利用しない手は無い。今騰蛇の一員としてここに居るという事は、そういう事。

蛇、そなたは悔しい忸怩たる思いであった事で有ろう。
表の日の当たる場所に堂々と居座る蜥蜴を、憎んだ。そして下賎な輩と見下した事であろう。

騰蛇の頭はお前の心根に気づいていたはず、だからこそお前を蜥蜴の目付役として付けたにちがいない。
そうして思惑どうりお前は十二分の働きをした。
実際に蜥蜴を監視していたのは阿久であろうが、阿久を使っていたのは蛇だろう。

そしてあの数年前の大火も騰蛇の仕業。
きっと間違った想像ではない。

手練れとして知れた阿久が一姫を殺すよう命を受け、それに反して彼女を逃したのだとしたら……それを察知した蛇と阿久の争いが有り、その時に蛇の右目が潰され……阿久はそのまま騰蛇を抜けた。

今万里小路を名乗る者は騰蛇の息のかかった者なのだとしたら、本物の万里小路の一姫が生きていたら………お前達には邪魔になるな。





「そんなところではないのか?」

「ふん、なかなか想像力の逞しい女だなぁ。」

「当たらずも遠からずって所か?」

「どうでもいい事さ。」

だらりと下げられていた刀を、無造作に肩に担いだ蛇の視線は空を漂い、どこも見てはいない。
脳裏に浮かぶは過去の事か。先程迄の憎々しげ色を浮かべた目には諦めの様な物が見える。酷く傷ついた子どもの様な頼りない顔、それが不意に一変した。
再び燃え上がる憎しみの炎は暗い暗い闇をも纏う。

「ああ、そうそんな事はどうでもいい事さ。
今は蝮の首をその胴から切り離してやりたい、ただそれだけだな。
よう、蝮、お前も言い残すことは無いのか?お喋りなお前の嫁が随分とくっちゃべってくれたが、それももう飽きた。お前の恨み言の一言も聞いたら、こいつでお前の首を撫でてやる。そしたらこの膿んだ現世ともおさらばできら。」

ギラギラと光る視線が貫くのは阿久だ。
脂汗を流しながら、それでも私を庇いつつ前に出る阿久は真っ直ぐ蛇を見つめ返した。

「俺は……お前が邪魔だった。俺の親父がどうしようもない悪党だって知った後も、やっぱり親父に一番近い所にいるお前が憎らしかったよ。」

悪党と言ったその口で、父を慕う心情を吐露する阿久は痛みを堪える様な顔をする。
蛇からは嘲笑が漏れた。

「そうかい、だから騰蛇を裏切ったってのか。」

「違う。……騙し騙され出し抜き合う、信じるなんて言葉紙より薄っぺらい物だって思っていた俺だが、クソみたいなきったねえ毎日の中で、無心に向けられる視線に気付いた……それは今まで感じたことの無い物で、名前のつけれ無い感情がいつの間にか俺の中に生まれて、いつしか大切な物になっていった。
汚れきった俺を、信じきっているその目が眩しかった。だから……」

凪いだ表情の阿久と反対に激昂する蛇は、担いでいた刀の切っ先を、憎しみを込めて阿久に突きつけた。

「純粋な眼差しに触れて改心したってか。
バーッッカ‼︎アホか‼︎泣く子も黙る悪党の中の悪党、騰蛇の蝮が何甘っちょろい事言ってんだ。呆れるね!ったく!そんな理由で潰されたんじゃこの右眼が間抜けなだけじゃねーかょ!
アホらしい、もう与太話に付き合う気も起こらねーや。後はサクサク死にやがれ、この俺に殺させろ。」

鋒が私に向けられ動揺する阿久。

「まて!こいつは関係無いだろうが!」

「お前の嫁なんだろ、関係大有りだ。」

流れる血は阿久の足元に血だまりを作っている。
もう少し、もう少し時間が必要だ。

「蛇、そなたの母は望んでそなたを日陰の身に置いたとは思えぬ。致し方なかったのだ、きっと。
私は悪事に手を染めねばその日の食べ物さえ手に入らぬ子供達がいることを知っているぞ。綺麗事だけで腹が膨れるはずは無い、正直に生きて騙される間抜けも多く見てきた。であれば悪党として生きる方が、生き残れる可能性は高い。
そなたの母御は何がなんでも、他人を踏みつけにしたとしても、お前の命を永らえさせる事を一番に考えたのであろうよ。
それが正しかったかと問われれば、私には分からぬ。
だが、もういいだろう。お前は充分力を手に入れた。これ以上血を流さずとも、上手く立ち回れば大抵の事は片付けれる筈だ。」

「うるせーや。俺に母親なんぞいやしねーよ。大体こーんな立派な大悪党にせっきょうなんざするんじゃねえ。
そもそも恐れられてなんぼの世界じゃ、当然こういうのが物を言うんじゃ。馬鹿かお前は。
こんだけ言いたい事言わしてやったんだからな、さっさと死ね。」

口が回る方かと言われれば、むしろ気の利いた事も言え無いと自覚のある私だ。蛇を説得するなんて無理……だったようだな。
けど、少しは阿久の体力を戻す時間稼ぎにはなったろうか?
本当に口しか使えぬとは役立たずだな私は。