今夜は秋祭りの宵山だそうだ。
伊吹は祭りを見に行きたくて仕方ない。
確かに祭りの夜の浮き足立つ様な心地は、自分にも覚えが有る。

グズグズとぐずり出す腕白小僧を持て余し、ため息をついた。
腹ぼてでなければ、尻の一つや二つひっぱたいただろうに、仕方ない。
助け舟を出したのは婆様で、にこにこしながら伊吹の頭をかいぐりする。

「じゃあ、ばあちゃんと行くか?」

まってましたと言わんばかりに、踊り上がって喜ぶ伊吹。
この喜びようを見れば、行くなとは言えれない。

小さな紅葉の手を振りながら、婆様に手を引かれ山を降りる伊吹は、一晩婆様の家に泊めてもらい、明日帰って来るという。

正直、伊吹と片時も離れることの無かった私は不安でならない。
何ということだろう。こんなにも子供に依存していたのかと、恐ろしくなる。

だめだ、弱々のグダグダな私。
嫌になる。

茨木に合わせる顔がない。
いっその事死んでお詫びすべきだろうか。
今更ながらに、あの時の決断を後悔している。いや、伊吹を無事に産めれた事を思えば、良かったのだ。
けど、今私がしていることと言えば
遊び女と同じ。
阿久の専属になっているだけで、心までは売り渡してはない…などと言ったところで、どう好意的に解釈してもだめだろ。
ただのあばずれでしかない。
腹の中の子にしても、可哀想だ。

「おい、伽耶。」

好いてもない男の子供を産んで、伊吹と同じように育てられるのか…。
同じように愛してやれるのか、自信がない。

「おい、聞いてるのか?」

…母上様は、どんな心持ちであられたか。
手ずから渡して下さった握り飯、あの味は忘れ得ない…、あの母上様のお優しさが私にもあればいいのに…。

「伽耶、大丈夫か?ぼうっとして…。」

「きゃっ!なっ、なんだ!」

気付けば阿久の顔が目の前にある。
覗き込んで見るな。
その顔は心臓に悪い。
凶悪なそのご面相は、よく言えば男らしいと言えなくないが、パッと見は関わり合いになったらいけないそっちの筋の人にしか見えない。少なくとも一人や二人殺ってしまっているような…。
茨木もそうだった。違う意味で毎朝とどめを刺されていたよな。
あの綺麗な顔の前では、自分は猿にでもなった気分だったな。正しく蕩けるような微笑みを浮かべて、抱きしめられた日にゃ…。
うにゃうにゃうにゃ…。

「俺も少し出かけて来る。戸締りはしっかりやれよ。」

はうっ!
真っ赤になっているだろう頬と耳を、あの無愛想な男に見られただろうか。
恥ずかしいっ!
不審な視線を投げかけつつ出かけて行く阿久。
助かった。
考えてみれば、あいつと二人きりになったことなど無い。いつも伊吹がいてくれたおかげで、奴との距離感に悩むことは無かった。