「今帰って来たとこ。杏奈寝てるかもと思って、音立てないように入って来た」

律儀に一つずつ答えた浩平だけど、肝心の問いには答えていない。

「隠し事は? ない?」

催促するようにもう一度問えば、

「だから何のこと言ってんのかわかんねぇって。遠まわしな聞き方せずに直球で聞けよ」

浩平は苦笑しながら私と向かい合って腰かけた。ひょっとして、私に対してやましいことがありすぎて、どれのことだか本気でわからないんじゃ……ふっと、そんな思考が頭に浮かんで恐ろしくなった。

「隠し事、ないならいいの。ちょっと気になって聞いてみただけ。お腹空いてるでしょ? ご飯食べよ」

極力平静を装って、極力明るく言ったつもり。でもそんな猿芝居、浩平が見抜けないはずもなく、

「ちょっ、気になるだろ、はっきり言えよ」

身をこちらに乗り出して、問い詰めてくる。それから逃れようと、私は逆に身を仰け反って、むすっとして浩平を見詰め返した。口は一文字にきつく閉じたままだ。

しばらく黙ったままでお互い見詰め合う。やがて、浩平の方がふうと一つ息を吐きながら身を引いて、そして口を開いた。

「俺は隠し事なんかしてないし、やましいことなんかなんもねぇよ。ただ、杏奈がなにか疑ってるんだとしたら、今すぐ誤解を解きたいし、でも杏奈が話してくれないと、それができないし……」

すくっと立ち上がり続けた。

「手、洗ってくるから。戻って来たら、話してくれるよな?」

どうしよう、どうしたらいい? 昨日の嘘を、私の方から問い詰めろって言うの? バレてないとか本気で思ってる?

うだうだ考えて返事ができずにいる私を余所に、浩平はさっさと洗面所へ消えた。