議事堂での生活は、会議と裁判がたまに行われるだけの非常に単調なもので、ぼくらはだんだん飽きてきたんだ。
ぼくらは徐々に行動範囲を広げていった。姉上に出会った崖を登ってみたり、異形生物を発見して騒いでみたり、それなりに刺激的な経験ができて楽しかった。そんな中、ルカがいてくれたらもっと楽しかったろうに。危なくて楽しい場所をたくさん知っていそうな彼は、あの裁判後からずっとぼくらの前には現れなかった。ぼくもノギも寂しかったが、一番悲しそうにしていたのはコークスだった。
今日も来ないなぁ。と定期的に呟いていた。見通しの良い崖の上でずっと空を見ている事も多かった。
風の噂で、彼がドジって白い翼に処分された、と聞いた。姉上に始末されたとかいうひどい噂もあった。コークスは、うちは信じない、と言ってずっと高いところで待ち続けていた。だから、ぼくは自然とノギとふたりになることが多くなった。
ノギはぼくより小さくて、甘えん坊で、ひとりになることを怖がったので、ぼくはいつも一緒にいてあげた。薄い紫の柔らかいウェーブヘアで、左右色の違う珍しい目をしていた。オッドアイというんだ、と姉上に教えてもらった。
綺麗な目だね、と言ったら、ノギは複雑そうに笑った。彼も異端だったとするなら、このオッドアイが異端のしるしだったのだろうか。あまりいい思い出がないのかもしれない。ぼくは目のことには極力触れないようにした。
いろんな話をした。昔のことを覚えているか、聞いてみた。ぼくらはよく似ていた。家族にも周りにも愛されていなかった。家族に見捨てられて悪魔になった。
「でもね」しかし、ノギはいつもこう断った。
「お母さんはね、ぼくのことを愛してくれてたんだよ」
お母さんは、ぼくにごはんをくれたし、ぼくを抱っこしてくれたし…そんな当たり前のことを必死に述べて、だから愛してくれてたんだよ、と念を押した。ぼくはノギが可哀想だったから、そうだね、と言ってあげた。たしかに、ぼくの母親よりは母親らしかったかもしれない、と思った。ぼくはほとんど家族の顔を覚えていなかったが、ノギは母親の顔くらいは覚えてる、と言った。
コークスはしばらく塞ぎ込んでいたが、ある日突然ぼくのもとにやってきて、宣言した。
「姉ちゃん! うち、これから恋に生きる女になる!」
はぁ?とぼくは素っ頓狂な声をあげた。どうやら、ほかにかっこいい人を見つけたらしい。
「うち、もう後悔したくないの! 探さんといてー!」
そう言って、ひとりで飛び去っていった。まあ、こーたんが元気になったんなら良かった、と思い見送った。
なんだか、近頃姉上は忙しそうだった。会議が頻繁に開かれ、あの銀髪の女の人たちと深刻そうな話をしていた。前のようなやる気のない雰囲気ではなく、みんな真面目だった。なにか悪いことが起こったのだろうか。姉上は怖い顔をしていて、とても聞ける雰囲気ではなかった。ぼくは面白くなくて、議事堂に寄りつかなくなった。
今日も、ノギとふたりであたりを探検していた。ぼくが石ころを蹴飛ばして遊んでいる傍ら、ノギは空を見上げて物思いに耽っていた。
「ねえ、バニちゃん」
ふと、話しかけられたので振り向いた。
「なんだい、ノギ」
ノギはまだ空を見ていた。空には今日も光の川があるだけだ、なにも面白くないのに。
ぼくが首を傾げていると、ノギはゆっくり口を開いた。
「僕たちがいなくなったあとの世界って、想像したことある?」
いきなりなにを言い出すんだ、とびっくりした。ぼくは首を横に振った。
「地上での記憶だって、曖昧なんだ。それからのことなんて、考えるわけないよ」
「僕はよく考えるんだ。僕がいなくなったあと、家族はどうなったんだろうなって」
ノギはふわりと微笑を浮かべる。そして、突然ぼくの方を見て言った。
「ねえ、見てみたいと思わない? 僕たちが消えた後の地上を」
キラキラした目でノギは同意を求めている。ぼくは、すぐには答えられなかった。今まで、考えたこともなかったから。どうして? 姉上が地上に干渉してはいけないと言ったからだ。
地上は恐ろしい。嫌な記憶しかないから。それでも、ぼくの世界は地上だと、ぼくはまだ思っている。ノギの瞳と、姉上の顔と、地上の記憶がぼくの中で駆け回った。
ぼくのいなくなったあと…ぼくの醜い家族は、その行いに見合った無様な最期を遂げただろうけど。その無様な最期を知るのも悪くないかもね。まあ、あれから何年たったのか分からない。跡形もないならそれはそれで滑稽だ。
ぼくは、静かに口を開いた。
「…見てみたい」
ぼくは退屈だったのだ。なにか新しい刺激が欲しかった。姉上が構ってくれなくて寂しかった。ノギという唯一の仲間を喜ばせたかった。
「ほんと?! じゃあ、一緒に行ってみようよ!」
こくりと頷き、ぼくはノギの手を取った。
ぼくは、悪魔の誘いに乗ったのだ。
ぼくらは徐々に行動範囲を広げていった。姉上に出会った崖を登ってみたり、異形生物を発見して騒いでみたり、それなりに刺激的な経験ができて楽しかった。そんな中、ルカがいてくれたらもっと楽しかったろうに。危なくて楽しい場所をたくさん知っていそうな彼は、あの裁判後からずっとぼくらの前には現れなかった。ぼくもノギも寂しかったが、一番悲しそうにしていたのはコークスだった。
今日も来ないなぁ。と定期的に呟いていた。見通しの良い崖の上でずっと空を見ている事も多かった。
風の噂で、彼がドジって白い翼に処分された、と聞いた。姉上に始末されたとかいうひどい噂もあった。コークスは、うちは信じない、と言ってずっと高いところで待ち続けていた。だから、ぼくは自然とノギとふたりになることが多くなった。
ノギはぼくより小さくて、甘えん坊で、ひとりになることを怖がったので、ぼくはいつも一緒にいてあげた。薄い紫の柔らかいウェーブヘアで、左右色の違う珍しい目をしていた。オッドアイというんだ、と姉上に教えてもらった。
綺麗な目だね、と言ったら、ノギは複雑そうに笑った。彼も異端だったとするなら、このオッドアイが異端のしるしだったのだろうか。あまりいい思い出がないのかもしれない。ぼくは目のことには極力触れないようにした。
いろんな話をした。昔のことを覚えているか、聞いてみた。ぼくらはよく似ていた。家族にも周りにも愛されていなかった。家族に見捨てられて悪魔になった。
「でもね」しかし、ノギはいつもこう断った。
「お母さんはね、ぼくのことを愛してくれてたんだよ」
お母さんは、ぼくにごはんをくれたし、ぼくを抱っこしてくれたし…そんな当たり前のことを必死に述べて、だから愛してくれてたんだよ、と念を押した。ぼくはノギが可哀想だったから、そうだね、と言ってあげた。たしかに、ぼくの母親よりは母親らしかったかもしれない、と思った。ぼくはほとんど家族の顔を覚えていなかったが、ノギは母親の顔くらいは覚えてる、と言った。
コークスはしばらく塞ぎ込んでいたが、ある日突然ぼくのもとにやってきて、宣言した。
「姉ちゃん! うち、これから恋に生きる女になる!」
はぁ?とぼくは素っ頓狂な声をあげた。どうやら、ほかにかっこいい人を見つけたらしい。
「うち、もう後悔したくないの! 探さんといてー!」
そう言って、ひとりで飛び去っていった。まあ、こーたんが元気になったんなら良かった、と思い見送った。
なんだか、近頃姉上は忙しそうだった。会議が頻繁に開かれ、あの銀髪の女の人たちと深刻そうな話をしていた。前のようなやる気のない雰囲気ではなく、みんな真面目だった。なにか悪いことが起こったのだろうか。姉上は怖い顔をしていて、とても聞ける雰囲気ではなかった。ぼくは面白くなくて、議事堂に寄りつかなくなった。
今日も、ノギとふたりであたりを探検していた。ぼくが石ころを蹴飛ばして遊んでいる傍ら、ノギは空を見上げて物思いに耽っていた。
「ねえ、バニちゃん」
ふと、話しかけられたので振り向いた。
「なんだい、ノギ」
ノギはまだ空を見ていた。空には今日も光の川があるだけだ、なにも面白くないのに。
ぼくが首を傾げていると、ノギはゆっくり口を開いた。
「僕たちがいなくなったあとの世界って、想像したことある?」
いきなりなにを言い出すんだ、とびっくりした。ぼくは首を横に振った。
「地上での記憶だって、曖昧なんだ。それからのことなんて、考えるわけないよ」
「僕はよく考えるんだ。僕がいなくなったあと、家族はどうなったんだろうなって」
ノギはふわりと微笑を浮かべる。そして、突然ぼくの方を見て言った。
「ねえ、見てみたいと思わない? 僕たちが消えた後の地上を」
キラキラした目でノギは同意を求めている。ぼくは、すぐには答えられなかった。今まで、考えたこともなかったから。どうして? 姉上が地上に干渉してはいけないと言ったからだ。
地上は恐ろしい。嫌な記憶しかないから。それでも、ぼくの世界は地上だと、ぼくはまだ思っている。ノギの瞳と、姉上の顔と、地上の記憶がぼくの中で駆け回った。
ぼくのいなくなったあと…ぼくの醜い家族は、その行いに見合った無様な最期を遂げただろうけど。その無様な最期を知るのも悪くないかもね。まあ、あれから何年たったのか分からない。跡形もないならそれはそれで滑稽だ。
ぼくは、静かに口を開いた。
「…見てみたい」
ぼくは退屈だったのだ。なにか新しい刺激が欲しかった。姉上が構ってくれなくて寂しかった。ノギという唯一の仲間を喜ばせたかった。
「ほんと?! じゃあ、一緒に行ってみようよ!」
こくりと頷き、ぼくはノギの手を取った。
ぼくは、悪魔の誘いに乗ったのだ。
