ぼくは膝をかかえて座っていた。さむい、いたい、おなかがすいた、さびしい、つらい、くるしい、さびしい、さびしい……
ぼくは岩肌にもたれかかってふるえていた。風が強い、雪が混じっている。今年も寒かったんだな。でも、あの村にはもう飢饉は訪れないだろう。暖かい家で過ごすだろう。家族みんな幸せに暮らすだろう。ぼくの目から涙が流れた。とめどなく流れた。涙は黒い霧となり、ぼくのまわりを覆っていった。風が凌げるね。もっともっと出そう。全身から。ほら、寒さが止んできた。なにも見えないから、もうつらくない、くるしくない、さびしくない…
 一体、どのくらいそうやっていただろう。
 ふわっと何かに包まれた気がした。暖かくて懐かしい何か。何だったろう、覚えてないなぁ。
「すまん、バニア… はやく見つけてやれなくて」
 頭になにかポタポタと当たった気がした。泣いているの? どうして泣いているの。
「よく、堪えたな…頑張ったなバニア。大丈夫だ。もう大丈夫…わしが助けてやるから」
 強く抱きしめられた。ふわりと懐かしい香りが漂ってきた。
 ああ、そうだ、ぼくはバニア。ぼくには大好きな姉上がいたんだ…。
「…ねうえ、ごめんなさい、あねうえ…」
 ぼくの目から涙があふれた。黒くない涙だった。
「帰ろう、バニア」
「…うん…」
 ぼくは姉上のぬくもりに包まれた。出会った頃のように、心地よい微睡みが訪れた。

 地界に戻ってきたものの、ぼくは一向に良くならなかった。煙が治まらないのだ。あの長耳族の家族の笑い声が耳から離れない。
 ぼくにだって仲間ができた。ぼくだって幸せだ。そう思おうとするのだが、ぼくの周りには誰もいなかった。コークスも、ノギも、ルカもいなかった。みんなどこへ行ってしまったんだろう。ぼくは姉上にしがみついてずっと震えていた。姉上はどこにもいかないよね? そばにいてくれるよね? 姉上は困った顔をしていた。
 どんどん笑い声は大きくなっていった。ぼくは頭をかきむしった。かいてもかいても声は治まらない。ぼくは姉上の膝の上でもがき苦しんでいた。姉上はぼくの頭をなでてくれていたが、ゆっくりと手を止めると、静かに言った。
「バニア…お前は、悪いことをした。わかるか?」
 ぼくはこくこく頷いた。
「悪いことをしたら、裁かれねばならん…わかるな?」
 ぼくは顔を上げた。姉上? なにを言っているの? ぼくは耳を疑ったが、姉上は厳しい顔つきで、はっきりと言い放った。
「これから裁判を行う。よいな?」

 ぼくは議事堂の中心に座らされた。なぜだか動けなかった。地面に描かれた魔法陣のせいだろうか。周囲から好奇の視線が突き刺さった。クスクスと聞こえる笑い声が頭の中の笑い声とあいまってぼくを苦しめた。
 姉上はいつものように議長席にいた。ぼくはすがるように姉上を見た。姉上は無表情だった。いつか見た裁判のように、淡々となにかを読み上げた。
「罪人、バニア。罪状は、無断地上侵入、生者への干渉、生者への加害」
 加害? ぼくはなにもしていないよ…姉上?
 姉上はぼくを見てくれなかった。他の罪人の時と全く同じ対応だった。
「刑罰は転生刑。情状酌量の余地はなく、刑期は二十年と提案する」
 意義なーし などと声が聞こえた。
 ぼくの仲間はここにはいない。ぼくはひとりぼっちだった。ぼくの体から大量の涙が流れた。
 姉上だけなのに、ぼくの家族は姉上だけなのに。姉上は無機質に周囲を見渡すと、宣言した。
「意義がないようなら、刑の執行に移る。よいな?」
 どうして、どうしてぼくには聞いてくれないの。ぼくは叫んだ。
「いヤダよイキタクナイドうしテアネうエ!」
 声はひどく歪んで出しづらかったけど、ぼくは必死で叫び続けた。
「ボクヲすてルノ?キライにナッちャッタノ?モウわルイコトシないヨユルしテあねウエ…」
 姉上は、哀れなものを見る目でぼくを見下ろした。姉上、ぼくが欲しいのはそんな顔じゃない…優しく笑って、頭を撫でて…。
 姉上はぼくに近づいてきた。一歩一歩。手に何か持っていた。黒くて丸い塊。なぁに、それ…
 ぼくは後ずさりした。しかし、体はドロドロ滑って全然進まない。
 姉上が目の前に来た。しゃがんでぼくの顔を覗き込んだ。姉上が近くにいるのに、ぼくは全然嬉しくない。怖い。コワイ。
 姉上は、ぼくをまっすぐ見て、一瞬ふわりと微笑んだ。優しい姉上の顔だった。
「二十年後に、迎えに行く……楽しく過ごせ、バニア」
 ぼくの目からぶわっと涙が流れた。やだ、やだ、ぼくが欲しいのはそんな言葉じゃない、そばにいてもいいと言って、あねうえ…。
「刑を執行する!」
 姉上の高らかな声とともに、ぼくは二つに分断されたような衝撃を感じた。
 そこで、ぼくの意識は途切れた。