ぼくらは満月を探して歩いた。ノギは地上に出たことがないと言っていたから、彼に説明してあげた。
淀みを泳いで抜けるんだ。しっかり助走をつけて飛び込まないといけない。途中で眠たくなるけど眠っては駄目だよ。向こうに出たら、帰り道をしっかり覚えてね、月が出てる間に帰らなくちゃいけないんだよ。…
話しながら、ぼくも自分でイメージトレーニングした。うん、大丈夫。飛ぶ練習だってたくさんしたもの、きっと大丈夫。
「僕でも大丈夫かなぁ?」
ノギは小さな翼をぱたぱたさせて不安そうにしていた。
「大丈夫、ぼくが手を握っていてあげるから」
にっこり笑ってあげると、ノギも嬉しそうに笑った。
満月は、簡単に見つかった。ぼくは緊張してきた。姉上は怒るだろうか。もしバレたら捕まって流されてしまうのだろうか。ぼくはぶるぶる頭を振った。姉上はきっとぼくにはそんなことしない。それに、どうせ今はぼくらなんか頭にないんだからバレやしないさ。すぐ帰ってくればいい。空を見上げて立ちつくすぼくの手を、ノギがそっと握った。
「行こう?」
ぼくは手をぎゅっと握り返して、頷いた。
ぼくらは川に向けて飛翔した。どんどん加速していった。淀みが近づくにつれて、ぼくの中に恐怖が生まれようとするのだが、ノギの手を握ることでかき消した。迷ってはいけない。ぼくが迷えば、ノギともども流されてしまう。
淀みの真下に来た。ぼくは迷いを振り払うように叫んだ。
「いくぞぉぉぉ!」
そして、淀みに思い切り突っ込んだ。
ぼくは目を閉じてただまっすぐ飛んだ。前はとても長く感じたが、自分が先頭を行く淀みは、案外短く感じた。目の前が急に暗くなり、ぼくは瞼を開いた。満月が見えた。
「ノギ、着いたよ」
ぼくは目を閉じて縮みこんでいる仲間に声を掛けた。ノギはおそるおそる目を開けると、驚いてあたりを見渡した。
「わぁ…ほんとだ。ほんとに地上だ!」
ノギは、あれは月、あれは星、あれは森、と指差しながら確認していった。
「ノギ、あまりぐずぐずしていられないんだ」
ぼくは相棒の手を引き真下を向かせる。
「あれが帰り道だ。夜が明ける前にはここを通らなきゃならない」
ぼんやり光る泉があった。前と同じだ。
「ちゃんと戻ってくるんだよ。姉上にバレたらひどいことになるからね」
ノギはせわしなく頷いた。
「じゃあ、僕、行ってくるから!」
待ちきれない様子で、ノギはぼくの手を振り解いて飛んでいった。ほんとにわかってるのかな…と不安になったが、ぼくも出発することにした。
森や泉の様子は似ていたが、ここは前回来た場所とは違うようだ。ぼくはふらふらと飛行しながら考える。ぼくの村はどのあたりだったっけ。ファーストシティのあたりだったかな。ぼくは曖昧な記憶をたよりに進んでいった。
ふと、崖のような地形が目に入った。姉上と会った崖に似ているなと思った。あれは地界だけども。
ぼくは、崖の下が奇妙にえぐれているのに気が付いた。そこだけ地面が黒っぽく変色していて、植物が生えていなかった。近くに降り立ってみた。黒いもやのようなものが漂っていた。ぼくの頭に急に映像が浮かんできた。
おなかを減らして森をさまようぼく。足を怪我して歩けなくなった。だから岩壁にもたれかかってたんだ。目の前に現れた子供。そして…。ぼくは映像をかき消した。
そうだ。ここはぼくが死んだ場所だ。
ぼくは飛び上がった。この近辺にぼくの村がある? いや、あれは呪われた村だ。きっとぼくがいなくなったあとみんな飢えて死んでしまったはずだ。もう存在しないかもしれない。存在したとしてもちっぽけで寂れてギリギリの状態で…。
少し離れたところに明かりが見えた。たくさんの明かりだった。ぼくの村はこんなに大きくはないだろうと思いながらも降り立った。村と言うよりは町だった。さすがに夜なので人気はなかったが、小綺麗な建物が立ち並び、人口はそれなりに多そうだった。ぼくは、正門らしき場所に来た。町の名が知りたかった。門には、アイゾット、と書かれていた。
…ぼくの村はなんて名前だっけ。ぼくは焦燥感に駆られた。そんなはずはない、あの飢えて朽ちゆくだけの村がここのはずがない。あの村は悪魔に呪われた村だ、あの村に相応しい姿が見たいのに。ぼくのむラハドコニアルノ?
ぼくの足は自然と動いていた。似ている、似ている、この通りは、この広場は、この坂は。
ぼくは迷いなく一軒の家の前に立っていた。そこにあるのは、見知らぬ豪邸だった。こんな家知らない、知らない、と思いながら、ぼくは玄関をくぐった。
笑い声が聞こえた。まだ起きている時間なのか。暖かい光が部屋から漏れていた。男女数人が談笑しているようだった。ぼくは、がくがく震えながら部屋を覗いた。
そこには、幸せそうな長耳族の家族がいた。
ぼくは部屋から飛び退いた。ガタガシャンとものすごい音がした。悲鳴が聞こえたような気がしたがどうでもよかった。ぼくは階段を見上げた。大きな絵が飾ってあった。長耳の男と女が微笑んでいた。
ぼくは思い出した。憎くて憎くてしかたなかった父と母の顔!
また大きな音がした。絵画がはじけて崩れた。
違う違う違うチガウちがう違うちがぁぁぁうああああ!!!
淀みを泳いで抜けるんだ。しっかり助走をつけて飛び込まないといけない。途中で眠たくなるけど眠っては駄目だよ。向こうに出たら、帰り道をしっかり覚えてね、月が出てる間に帰らなくちゃいけないんだよ。…
話しながら、ぼくも自分でイメージトレーニングした。うん、大丈夫。飛ぶ練習だってたくさんしたもの、きっと大丈夫。
「僕でも大丈夫かなぁ?」
ノギは小さな翼をぱたぱたさせて不安そうにしていた。
「大丈夫、ぼくが手を握っていてあげるから」
にっこり笑ってあげると、ノギも嬉しそうに笑った。
満月は、簡単に見つかった。ぼくは緊張してきた。姉上は怒るだろうか。もしバレたら捕まって流されてしまうのだろうか。ぼくはぶるぶる頭を振った。姉上はきっとぼくにはそんなことしない。それに、どうせ今はぼくらなんか頭にないんだからバレやしないさ。すぐ帰ってくればいい。空を見上げて立ちつくすぼくの手を、ノギがそっと握った。
「行こう?」
ぼくは手をぎゅっと握り返して、頷いた。
ぼくらは川に向けて飛翔した。どんどん加速していった。淀みが近づくにつれて、ぼくの中に恐怖が生まれようとするのだが、ノギの手を握ることでかき消した。迷ってはいけない。ぼくが迷えば、ノギともども流されてしまう。
淀みの真下に来た。ぼくは迷いを振り払うように叫んだ。
「いくぞぉぉぉ!」
そして、淀みに思い切り突っ込んだ。
ぼくは目を閉じてただまっすぐ飛んだ。前はとても長く感じたが、自分が先頭を行く淀みは、案外短く感じた。目の前が急に暗くなり、ぼくは瞼を開いた。満月が見えた。
「ノギ、着いたよ」
ぼくは目を閉じて縮みこんでいる仲間に声を掛けた。ノギはおそるおそる目を開けると、驚いてあたりを見渡した。
「わぁ…ほんとだ。ほんとに地上だ!」
ノギは、あれは月、あれは星、あれは森、と指差しながら確認していった。
「ノギ、あまりぐずぐずしていられないんだ」
ぼくは相棒の手を引き真下を向かせる。
「あれが帰り道だ。夜が明ける前にはここを通らなきゃならない」
ぼんやり光る泉があった。前と同じだ。
「ちゃんと戻ってくるんだよ。姉上にバレたらひどいことになるからね」
ノギはせわしなく頷いた。
「じゃあ、僕、行ってくるから!」
待ちきれない様子で、ノギはぼくの手を振り解いて飛んでいった。ほんとにわかってるのかな…と不安になったが、ぼくも出発することにした。
森や泉の様子は似ていたが、ここは前回来た場所とは違うようだ。ぼくはふらふらと飛行しながら考える。ぼくの村はどのあたりだったっけ。ファーストシティのあたりだったかな。ぼくは曖昧な記憶をたよりに進んでいった。
ふと、崖のような地形が目に入った。姉上と会った崖に似ているなと思った。あれは地界だけども。
ぼくは、崖の下が奇妙にえぐれているのに気が付いた。そこだけ地面が黒っぽく変色していて、植物が生えていなかった。近くに降り立ってみた。黒いもやのようなものが漂っていた。ぼくの頭に急に映像が浮かんできた。
おなかを減らして森をさまようぼく。足を怪我して歩けなくなった。だから岩壁にもたれかかってたんだ。目の前に現れた子供。そして…。ぼくは映像をかき消した。
そうだ。ここはぼくが死んだ場所だ。
ぼくは飛び上がった。この近辺にぼくの村がある? いや、あれは呪われた村だ。きっとぼくがいなくなったあとみんな飢えて死んでしまったはずだ。もう存在しないかもしれない。存在したとしてもちっぽけで寂れてギリギリの状態で…。
少し離れたところに明かりが見えた。たくさんの明かりだった。ぼくの村はこんなに大きくはないだろうと思いながらも降り立った。村と言うよりは町だった。さすがに夜なので人気はなかったが、小綺麗な建物が立ち並び、人口はそれなりに多そうだった。ぼくは、正門らしき場所に来た。町の名が知りたかった。門には、アイゾット、と書かれていた。
…ぼくの村はなんて名前だっけ。ぼくは焦燥感に駆られた。そんなはずはない、あの飢えて朽ちゆくだけの村がここのはずがない。あの村は悪魔に呪われた村だ、あの村に相応しい姿が見たいのに。ぼくのむラハドコニアルノ?
ぼくの足は自然と動いていた。似ている、似ている、この通りは、この広場は、この坂は。
ぼくは迷いなく一軒の家の前に立っていた。そこにあるのは、見知らぬ豪邸だった。こんな家知らない、知らない、と思いながら、ぼくは玄関をくぐった。
笑い声が聞こえた。まだ起きている時間なのか。暖かい光が部屋から漏れていた。男女数人が談笑しているようだった。ぼくは、がくがく震えながら部屋を覗いた。
そこには、幸せそうな長耳族の家族がいた。
ぼくは部屋から飛び退いた。ガタガシャンとものすごい音がした。悲鳴が聞こえたような気がしたがどうでもよかった。ぼくは階段を見上げた。大きな絵が飾ってあった。長耳の男と女が微笑んでいた。
ぼくは思い出した。憎くて憎くてしかたなかった父と母の顔!
また大きな音がした。絵画がはじけて崩れた。
違う違う違うチガウちがう違うちがぁぁぁうああああ!!!
