信じられなかった。
あれ程の圧迫感を発していた悪霊が、その暗闇と共に消失していた。
絶望し、死すら覚悟したのに、何事も無かったかの様に静寂があるだけだ。

ふと我に返り、左手を繋がれている事に気付く。
「あ、あの・・・手」
俺の言葉に、放心状態だった巫女装束の少女がピクリと反応し、慌てて手を放す。
少女はこちらを向くと、深々と頭を下げた。
「御助力感謝致します」
感情を伴わない平坦な口調で礼を言う。

「しかし、あなた方・・・運良く助かりましたが、私が来なければ死んでいました。一般人が興味半分で悪霊に関わると、本当に命を落とします」
その言葉にムッとし、口を開こうとした時、先に瑠衣が声を出した。
「あなたは何者?なぜタイミング良くここに来たの?」

巫女装束の少女は鈴を懐に仕舞いながら、凛とした表情を瑠衣に向ける。
「この病院は解体されます。来週から工事が始まり、年末には大型スーパーが開店していることでしょう。私はスーパーからの依頼で、以前から噂があった霊を祓いに来たのです。あんな強力な悪霊がいる事は想定外でしたが」
「やはりプロの除霊士か・・・」
「で、何者?」
なぜか瑠衣が食い下がる。
「見上神社の者です」
「見上神社・・・」

「私は仕事が済みましたので、これで失礼します。もう大丈夫とは思いますが、出来るだけ早く立ち去った方が良いと思います」
緋色の袴が遠ざかる。

「瑠衣、俺達もここを出よう」
「うん」
力無く瑠衣が同意する。