イキリョウ


加奈子は薄いピンク色のどろりとした液体の入ったそのボトルを拾い上げて箱に戻した。甘い香りがする。優しい、切ない、甘い香りだった。


携帯電話が鳴った。卓だ。

「もしもし、卓?」

「加奈子?ごめんね、遅くなって、もう駅だから。」

「うん。待ってるよ。もう直ぐお鮨もつくし!」

「あづま寿司?」

「もちろんだよ。」

「あー!走って帰るわ」

「あはは。気をつけて!」

携帯電話を切るのと同時に、ちょうどインターホンが鳴った。


* * *


懐かしい、卓の匂いだ。肩も、髪も、やっと帰ってきたんだ、卓が。三年間、一緒に過ごす夜があっても、こんなに懐かしく感じた事はなかった。だけど今夜は違う。やっと二人、「新居」にいるのだ、という気がした。3年前に数ヶ月毎日一緒に寝たベッドに今、卓と一緒に寝てみると、改めてその距離と時間を感じる。

加奈子の肩を抱いて舌を立てていた卓の重さが加奈子に圧し掛かった。エンジニアらしい彼の細い指に入っていた力が抜ける。加奈子はゆっくりと目を開けた。卓を覗き込むと、彼はどうやら眠ってしまっているらしかった。加奈子はゆっくりと彼の両手首をもって自分の身体をずらした。自分の身体の厚みの分、卓はベッドの上にずり落ちるようになったけれど、目を覚ますことはなかった。加奈子はベッドの端にずれて卓を振り向くとうつぶせになった卓の髪を梳いた。