由香里は、大通りで大きな書類カバンを
抱えたままタクシーを呼び止めていた。

会社を出たのは午後十時を過ぎていた。
目の前で止まったタクシーに乗込むと

 「麻布十番までお願いします。」

そう行った途端、どさっと後部座席に
身体を埋めた。

あの後ずっと待っていたのだが、
結局沙耶からは何の報告もなかった。
自分からもう一度催促すべき
だったのだろうか‥。
いや、それでは余計沙耶が頑なに
なるだろう‥自問自答を
繰り返しながら窓の外に広がる
夜景を憂鬱な気分で眺めていた。
もう雨は止んでいた。

タクシーが六本木ヒルズ前を
通り抜けてしばらく進むと

「あ‥。運転手さん、ここで‥。」

そう言って、タクシーを降りると、
小走りで通りを入った小さな路地に
あるバーに入っていった。

カウンターと小さなテーブル席が
二つだけの狭い店内には、
数人の客がいた。

 「おっ、お帰り。」

カウンターの中にいたマスターが
由香里に声をかけた。

カウンターの一番奥に腰を下ろすと

 「はぁ~っ!」

大きくため息をついて、

「マスター、いつものちょうだい。」

マスターは、にやっと笑うと

「どうしたの?おっきなため息
ついちゃってぇ。
また、例の子とやりあったの?」

「その通り!参っちゃうわよ。
ほんとに‥。世代のギャップには
マジで泣かされるわ。」

「あははは‥上司はツライやねぇ。」

「ツライなんてもんじゃないわよ。
はぁ~っ!ため息しか出ないわよ、
ほんと。やだやだ。」