佐伯真実は、白い部屋に続くドアの鍵を全部取り替えてくれた。
引っ越しより、楽だと思ったようだ。

そしてその鍵を全部フェンスから投げ捨てた。
それは俺が心行くまで絵に没頭出来るようにするための配慮だった。

これで俺の安全は確保出来ることになった。


鬱蒼した雑木林は本当に崖になっていて、屈強な男達でも登って来れないだろう。

この家に通じる一本道。
それだけ見ていれば良いらしい。

理屈は解る。
でも俺は怖い。
俺のアトリエ……
あの白い部屋には窓がない。
どうやって外を見れば良いんだ。


もし突然あのトップライトが開き誰かが入ってきたら……

何時何時、又襲われるかも知れない。


何故そんなことばかり考えるのだろう?


それは……
もしこの家で住んだとしても、まことに災難が降りかかるやも知れないと思っているからだった。


俺一人の力では眞樹の魔の手から逃げ切れないからだ。
俺はまだ……
眞樹を疑っていた。




 だから……
此処から逃げることばかり考えていたんだ。


俺は其処に居ない……
見えないはずの宇都宮まことを描く。
俺に出来ることはそれ位しかなかったのだ。


俺の目に……
心の中に……
焼け付いた宇都宮まこと。


俺の指に……
掌に焼け付いた……
愛しい人の姿を。


個展の始まるまでに後数点は準備しなくてはいけなかったのだ。
職業画家になるのも厳しいとその時感じた。

それでも俺は、敢えて挑戦する。
二人で暮らすための資金作りのためにも。


「でも……」
俺は以前開けたドアを見ていた。

宇都宮まことと堕ちた記憶と、這いつくばりながら覗いた日を思い浮かべながら頭を振る。


(でも又飛ぶ羽目になったら……。そうだよ、小松成実二世なら当然意識飛ばしを要求されるだろう)
俺はそうなることも怖かった。