白い部屋の……
宇都宮まことの絵の前にいた。


少しずつでも、俺を理解して欲しかったから。


俺は真っ白いカンバスに、再び宇都宮まことの絵を描こうとした。

でも……
まだ絵筆は持てなかった。


あの教会の祭壇の前で、やっと動いた指先を使って彼女にキスをした。

でもまだ完全には治りきってはいなかったのだった。


俺の後遺症はまだ続いていたのだった。


それでも俺は自分の掌を見つめた。

何時かの、宇都宮まことの感覚が残っていた。




 俺の五感が反応する。
宇都宮まことを描きたいと反抗する。
指先の感覚の無い俺には無理な事なのに。


それでも指は絵の具に触れたがる。


俺は覚悟を決めて、指を近付けた。


その途端……
掌に冷たさが伝わった。


俺はその時覚醒した。


五感をも超越した第六感とも言えない何かが、俺を奮い立たせていた。


俺は絵筆に頼らず、俺自身の手で宇都宮まことの胸を描いていた。


そう……
俺は又、恋しい胸を描いていた。

宇都宮まことの形を借りた母の胸を描いていた。




 それでも……
宇都宮まことはその絵を見て、其処に居るのが俺だと理解したようだった。


やっと……
宇都宮まことに笑顔が戻った。


俺は気まずさを噛み締めながら、宇都宮まことの体を抱き締めた。

もう何処にも行かせなくなかった。

でも俺にそんな資格があるかどうかも解らない。

でも……
それは前進だった。

俺達は一歩一歩距離を縮めていた。




 俺はその部屋で忘れていた物を発見した。


それは……
チワワシールの付いた眞樹の携帯だった。


でも電池の残量は既に無くなっていた。


(一カ月以上放っておいたからな)

俺はつい懐かしくなって、チワワのシールを指で触っていた。


俺はその時……
やはり此処から堕ちたことを実感した。