宇都宮市内で、教団の幹部が交通事故を起こした。

医学博士の佐伯真実を市内の産婦人科へ残した、一旦教団へ帰る途中だった。


目の前に飛び出して来た女性を避ける事が出来なかったのだ。


彼女は妊婦だった。
それが宇都宮まことの母親だった。


「彼女は、遺書を持っていたらしいの。自殺だったのかも知れないわ」

母は宇都宮まことに目をやった。

どうやら、彼女には聞かせたくない内容のようだ。

俺も彼女が気になって確認すると、又眠っていた。


(もしかしたら……)
眠った振りをして、聞き耳を立てているのかも知れない。

俺はそう思いながらも、母の話に聞き入った。




 「その人は、すぐに産婦人科医と佐伯真実さんを呼び寄せたの。彼はその道に秀でていたから」


「宇都宮まことさんのお母さんは死んでいなかったんだ」
俺は興奮して大きな声を出してしまった。

慌てて宇都宮まことを見ると、彼女は動いていなかった。

俺は又ため息を吐いた。


「その時既に死亡していたらしいわ。でも彼はその人の中に胎児の息吹きを感じだの。自分は警察に事情説明をしなくてはいけないから、佐伯さんを呼び寄せたの。直ぐに手術すれば胎児が助かると思って」

母は俺の体から又タオルを外し、今度は反対向きに体位を変えた。


宇都宮まことが視界から消える。
俺は不安に怯えながら、目を閉じた。

「遺体の中で胎児は本当に生きていたの。だから、その子を助ける為にみんな頑張ったわ」

母は時々、俺から目を逸らす。
きっと宇都宮まことを見ているのだと俺は思った。




 そして又母は、話の続きを始める。


「胎児救出を優先させたから、何とか成功したのね。勿論警察の立ち会いの元で。何しろ一刻を争う事態だったらしいから」


(宇都宮で自殺した女性の子供……きっと一緒に死にたかったはずなのに……だから死を選んだはずなのに……宇都宮まことだけが残された。きっと死んでも死にきれない!!)

そう思ったら、俺は急にその女性が哀れになった。

俺は又声をあげて泣いていた。




 「喬は優しい子だね」

母も泣いていた。
顔は見えない。
でも……
時々すすり泣く声が、耳に心地良かった。


思えば……

こんなに母と話したことなど無かった。


母も優しい人だった。