「わけのわかんねえこと言ってんじゃ……」
田山は、タックルで飛びかかりました。ところが、急に何かに気付いた表情になると、足を止め、素早く下がりました。


「?」
わたしは突然の田山の後退にとまどいました。
田山は、何か得体の知れないものを見たかのような顔をしていました。


「なんだあれは?」
アトミック南斗が、つぶやきました。わたしが父の視線をたどろうとした時です。ふと、後ろの観客の声が耳に入りました。


「おい、なんか暑くねえか?」


そこで、私は異変に気がつきました。
いつのまにか、会場の温度が上がっているのです。
さっきまでクーラーが効いていて涼しかったはずの会場の空気が、まるて、真夏の太陽に照らされているかのように暑くなっています。


クーラーが壊れたのかしら?


額の汗をふきながら、リングに目を戻して、私は絶句しました。
リング上で静かに佇む健介君の、まわりの空気が、まるで蜃気楼のように、ゆらめき歪んでいるのです。


そして、その拳。


私は目を疑いました。


健介君の右拳が、まるで高熱を持ったガラスのように、赤く輝いているのです。
熱を放っているのは、その拳でした。
健介君の拳が放つ謎の光。
その光が生み出す大量の熱が、信じられれないことに、クーラーで冷えていた会場の温度を急上昇させたのです。


「何がどうなってんだ?」
田山は、大きく距離をとってガードの構えをとりました。
健介君は、もう一度つぶやきました。
「……この一撃に、全てをかける」


ぼうっ


健介君の拳が、ひとりでに燃えだしました。右手が炎に包まれます。観客全員が、息を呑みました。
「うおおおおおおああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!」
健介君が吠えました。