試合前日になりました。


夜、私は練習場のリングの上で、黙々とスクワットを繰り返していました。


この一週間、できるだけのことはしてきました。


総合格闘技向けの練習もしましたが、しょせんは付け焼き刃です。
プロレスの試合前とは、ひと味違った恐怖と緊張感が、ずっと頭にこびりついていて眠れません。


「眠れないのか?」
後ろから声がしました。
振り向くと、練習場の入り口に田山聡が立っていました。
「何よ、あんたまだ帰ってなかったの?」
「さっきまで、社長直々に、特別訓練を受けてたんだ」
「お父さんに?」
私の父、アトミック南斗は、南斗プロレスの社長とレスラーを兼任しています。
田山は、笑みを浮かべながらリングに歩み寄ってきました。その顔には、たくさんの痣が残っていました。
「明日の試合。代々木健介の相手を、おれがやることになった」
「あんたが?」
私は目を丸くしました。
「はは、驚いたか?」田山は笑いながらリングに上がりました。「話は社長から聞いたよ。明日の試合、おまえらカップルが試合に勝たないと、交際を認めてもらえないんだってな。馬鹿なことしやがって」
「……うるさいわね」
「負けてやろうか?」
田山が真剣な顔で聞きました。
「え?」
「わざと負けてやろうかって言ってんだ。おまえ、その健介ってヤツと付き合い続けたいんだろ?おれはプロレスラーだからな。負け役も慣れてる。おまえが望むなら、負けてやってもいいんだぜ」