高校の入学式の一週間前。
私は1人で駅に続く桜並木をふらりと歩いていた。中学生三年間通った通学路で季節的に桜が綺麗に咲いていたのだ。

そんな時。

どこからか、歌が聴こえた気がした。
柔らかくて低い声。
私は衝動的に声のする方へ足を運んでみた。
そこには、小さな椅子に座って弾き語りをする男の人がいた。
前髪が長くて、少し小柄。
多分、ギターの方が大きいんじゃないのかな…?なんて思いながらその人の歌をただただ聴いていた。
周りには私以外のお客さんはいないんだけど、その人は歌い続ける。
深く染み渡るような声に私は酔いしれていた。

すごい…なんか、感動した。


歌い終わった瞬間、私は拍手してしまった。歌ってた男の人もびっくりするくらい大袈裟に。

「最後まで聴いてくれて、ありがとう。」
そういってニコリと微笑んでくれた。

「あの、いつもここで歌ってるんですか??」

なんで、こんなことを言ったのか
今でもわからないけれど、この歌声が一度きりになってしまうのがとてつもなく嫌だった。
もっと聴いたいと思った。

これがきっかけで、彼が私の高校の先輩だということ、歌手をめざしていること…など沢山知った。

「優センパイッ!!!」
「お、また来てくれたん?」
「センパイに会いたくて」

入学するまでの一週間。
ずっとこんな感じだった。
先輩が歌ってる間は、お客さんとしてただ聴いている。
歌い終わった後は、後輩として色んなお話をして貰ってた。

「さて、帰るとするかな。桜、一緒に帰るか?」
「あ、はい!!」
「じゃあ、駅前でちょっと待ってて。片付けてくから」
「はーい」

先輩と離れて駅に向かって歩いてると、目の前に不良の塊が…。

と、通りたくない…。
ものすごく通りたくない…。

でも、駅までの道はここだけ。
通るしかない、かな。

私は意を決して、不良の塊の後ろをそっと通ろうとした。

ガシッ

え?

「あれぇ〜!めちゃ美人さんやん!!1人でどこ行くん〜?」
「うわ、マジ可愛いやん♡俺らと遊ぼー?」

ナンパに見事引っかかりました。

最悪。

私はスルーして通ろうとするけれど、ガシッと腕を掴まれているので動けない。

「離して下さい。私、これから帰るんで」

あんたたちに構ってる時間なんてないの。

「はぁ〜?いいじゃん、あそぼーよ(笑)」
「や、やだ!!離してッ!!!」

な、なんか近づいてくる〜!!
やだやだやだ!!
気持ち悪い!!
誰か助けて!!


「…俺の、なんだけど」

へ?

後ろから腕を引っ張られて倒れ込むように私は後ろにいた人に抱きしめられた。

「…ゆ、う先輩…」
「ったく、俺から離れちゃダメだっつっただろ?後でお仕置きだな」

先輩は悪戯っ子のような笑みを浮かべて私を見る。

「で、コイツ俺の彼女やから。どっか行ってくれる?」

先輩は私をぎゅーっと抱きしめながら不良くん達に言う。

不良くん達がぞろぞろと舌打ちしながら帰っていった。

「…こ、怖かったぁ…」

ボロボロと大粒の涙を流す私を先輩はただ優しく抱きしめてくれた。
大丈夫だよ。
ごめんな、1人で行かせて。
不安にさせて、ごめんな。
そう言いながら私が落ち着くまでそばにいてくれた。

「もう、大丈夫か?」

先輩に手を引かれてたちあがり、私はコクンと頷く。

「良かった…それじゃ、帰るか」

先輩は私の手を握ったまま、駅に向かって歩いていく。

「優先輩っ!!た、助けてくれてありがとうございました」

精一杯の笑顔でお礼を言うと、先輩は少し頬を染めて頷いた。






『これが、出逢いだよ〜♡』
本当にイケメンだよ!優先輩は♪
「これが、出逢いだよ〜じゃねぇ!!話長いわ!!時計みろ!!」

早苗に言われて時計に視線を移すと…

『あ!!もうお昼休みじゃん!!先輩んとこ、行かないと!!』
「そっちじゃ…『じゃ、早苗!また後でね!!!♡』

私は何やら叫んでいる早苗を放置して、先輩の待つ屋上へと駆け出した。