「部活休まなきゃいけないのは仕方ないコトじゃないですか。先輩一人暮らしだし」





小さな口を可愛らしく尖らせて、藍が文句を言う。





「部員のみんなだって、他の先輩たちだって、分かってくれてますよ、絶対。唯先輩が選手じゃないなんて、絶対おかしいです」

「デキた後輩を持ったもんだね、あたしも」





走りながら、藍の真っ直ぐな気持ちに、感激している自分がいた。涙腺がにわかに緩む。どうもあの一件で、ずいぶん涙もろくなったようだ。





「でもねぇ、いいんだよね、もう」

「え?」






今まではのらりくらり藍の質問をかわしてきたけれど、今日は自然と言葉が出てきた。





「あたしさ、走るの好きだったワケじゃないのさ。辛かったから走ってて、悲しかったから走ってて、逃げたかったから走ってた」

「…中学のときですか」





「そう。あの時はお父さんとお母さんが死んじゃったの、ずーっと引きずってたから。走ってるときだけ、泣かずに済んでた。だから走ってた」

「……」





藍が口をつぐんだのは、両親の死の話題が出たからだろう。かまわずあたしは話を続ける。





「高校に入ってさ、ちょっと立ち直ったんだよね。そしたら、走るの楽しくなってきて。だから今はそれだけで充分なんだよねぇ」





陸上に真面目に取り組む藍や他の部員たちが聞いたら、怒るかもしれない。それでも、これはウソ偽りのないあたしの気持ちだったから。






ウソ偽りない気持ちをぶつけてくれた藍には、正直に伝えようと、そう思った。





「大会に出たいかって言われると、正直どっちでもよくてさ。今は逃げたいからでも、悲しいからでも、辛いからでもなくて、『好きだから』走ってる。だから、今は走ってるだけで、楽しいんだよね。満足なのよ」





クールダウンのためのジョギングが終わって、あたしと藍は、部員たちの円陣に向かって歩き出す。





「あたしは今『楽しんでる』だけ。大会には、ユリやモッチや、藍みたいな『頑張ってる』ヒトが出るべきだよ」

「…唯先輩も、頑張ってるじゃないですか」





少し後ろを歩く藍の言葉に、振り向く。





「頑固だね、アンタも」

「毎日夜走り込みしてるの、私知ってるんですからね」





思わぬ証言が飛び出して、ドキッとした。






「人違いでしょ。そんな殊勝な人間じゃないよ、あたし」

「白いウィンブレの背中に『東中 高良』ってハッキリ書いてありました」

「ストーカーかい、アンタ……」





藍の証言は詰まるところ真実だったワケで。





さすがに毎日ではないけれど、部活を自分の都合でサボった日は、なんとなく中学の時の日課であるランニングをすることにしていた。





中学の頃を思えば大した距離ではないのだけれど、そのランニングを続けているのも、やっぱり走るのが楽しくなったからだった。





「そんなトコまで見てくれてるファンがいるとはねぇ」

「…からかわないでください。私真面目に話してるのに」





単純に、嬉しかった。





藍みたいに、ちゃんと自分を見てくれる人間がいることに。





荒みきっていた中学の頃の自分に、憧れてくれていた後輩がいたことに。