「高良先輩?」
身体を何度かゆさゆさと揺すられて、目を覚ました。
ぼんやりとした視界が、ひとりの少年の姿を捉える。
「…え、あれ?」
「『あれ?』じゃないっすよ。俺初めて見ましたよ、屋上で昼寝してるヒト」
上下のジャージに身を包んだ呆れ顔の少年が、しゃがんであたしの顔を覗き込んでいる。見知ったその顔は陸上部の後輩、中野大地。
「あー…、ごめん、大地。今何時?」
「4時です。部活とっくに始まってますよ」
そう言われて、落下防止の柵の向こう、小さな街並みの先に目をやった。
小狭い住宅街の更に向こう側、となり町のビル群の間を、オレンジの太陽が沈み始めたところだ。
どうやらあたしは泣き疲れて、6限と帰りのHRの間中も眠ってしまっていたみたい。
「よくここって分かったね」
「市川の推理です」
身体を起こして、目をぐりぐりと擦る。喉の渇きを覚えながら、小さくあくびをひとつ。
「ふあぁ…なるほど…相変わらず鋭いなぁ、藍のヤツ」
「あの、練習来ます?居なかったって言っといてもいいですケド」
「あ…ゴメン、やっぱ分かる?」
「そう、ですね。結構分かります」
遠慮がちな口調の大地が所在なさげに視線を泳がせたのを見て、理解が及んだ。
大地は元々勘の鋭い子なのだけど、なるほど、相当ひどい顔らしい。
「スンマセン、デリカシーなくて」
「イヤイヤ。聞いたのあたしだし。それにもうスッキリしたあとだから」
「そうすか、ならイイんですけど」
「じゃあ、今日は休ませてもらおかな」
「了解です、見なかったコトにしときます」
「うん。ありがと、大地」
大地は「いえ、全然」と返して立ち上がり、あたしの真後ろにある鉄の分厚い扉に手をかけ、こちらを振り向いた。
「明日は来てくださいよ。高良先輩探すのなぜか俺の役なんですから」
「断ればいいじゃん」
「俺1年ですよ…断れるワケないじゃないすか」
「はは。ゴメンゴメン。もう行っていいよ、ありがとね」
「それじゃ、お疲れさまです」
「ん、おつかれぇ」
扉がバタンと音をたてて閉まったのを確認して、一度大きく背伸びをする。
「ん…うぅ~!」
硬い地面で寝たせいか、身体中が痛い。
でも、身体そのものは、変な憑き物がきれいさっぱり落ちちゃったみたいに、驚くほど軽かった。

