「さっきさ、俺に聞いたよね。実体化してても他の人には見えないのに、なぜ透けてるのか、って」



雫が話を続ける。





「だってそうじゃん。透けてたらモノに触れない。実体化したって誰かに見られるワケじゃない。じゃあ、実体化してる方が普通じゃないの」

「なんの制約もなければね」





あたしの言い分は雫も重々承知のようで、くいっと片眉を上げて笑みを見せる。






「制約?」

「そう。制約」






そう言うと、雫はおもむろに自分の右手をあたしの目の前に差し出した。






「触ってみて」






ニコリとえくぼを作って微笑む雫。






それとほぼ同時、雫の右手がすうっとその存在を強め、手首から指先までが実体を持つ。






言われるがままに、おそるおそる自分の左手を近付けた。





……。






ふにっ、と、柔らかな感触。






てのひらに触れた指先が、雫の確かな存在の証を脳に伝える。






「…さわれる」





あたしが思ったままの感想を漏らしたのを見て、雫は満足そうにニコリと笑った。




「もちろん、さわれるだけじゃないよ。ホラ」





雫の手が、きゅっとあたしの手を握る。




「あ…」






温かい人の手。その確かな温もりに、ドキッと心臓が鼓動を鳴らした。






まるで生きている人のそれと変わらない手のひらの感触と、体温。それは一瞬、雫がユーレイであることを簡単に忘れさせるほどの体験だった。





「実体化しているときなら、ヒトに触ったり、手を掴んだり、モノを押したり引いたり。現在世界に干渉ができるってワケ」





「現在世界に干渉、ねぇ」





雫が専門的な用語を用いて悦に浸っているのは容易に見てとれたけど、とりあえずは心臓の鼓動も収まって、あたしはさっきよりはいくらか冷静に目の前で起き続ける超常現象のオンパレードを観察することができていた。





「実体化しないと何かに触れないのは分かった。で?実体化には制約があるってことでいいの?」

「あれ、ちゃんと俺の話聞いてたんだね。えらいえらい」





握っていた手を離した雫が、ニコリと微笑する。




「たった今された説明くらい覚えてるよ」

「そいつは失礼」





あたしがムッとしたのに気付いたのか、雫は冗談っぽく謝った。





「俺たちユーレイが、『電気信号』で出来てるって話は、信じてくれたんだよな?」

「ひとまずね」





「それなら話はカンタン。俺たちのガソリンは、そのまんま『電気』なワケ」

「あー、なるほど」






口では「なるほど」、なんて言ってみたものの。





ぶっちゃけ全くと言っていいほどあたしの頭は雫の説明に理解が追い付いていない。





つまり、雫はこう言いたいんだろう。





ユーレイは電気信号で出来ている。


ということは、ユーレイは電気が食べ物。


充電式のラジコンみたいなもので、充電が切れたら消えてしまう。


現在世界のモノを触ったりするのに必要なユーレイの実体化には、多くの電気が必要。


だから、節電のために普段は透けてる、と。こんな理屈だ。





「全然信じてくれてないね、唯」

「当たり前でしょうが。そんなの辻褄が合ってるだけの、机上の空論と何も変わんない」

「んー、これは証拠見せようとしたら俺が消えちゃうからなー」






苦笑を顔に浮かべて雫が言う。




「まぁいいや。とりあえず俺が幽霊ってコトを信じてもらえれば、ひとまずオーケー」

「あたしも特に害がなさそうなことが分かればオーケーよ」





とりあえず、幽霊についての談義はまた後日ということで、この日の夕食は幕を閉じた。




突然目の前に現れた変わったユーレイ、神谷雫。





彼との付き合いは、まだしばらく続きそう。




ただ、さっきも言ったみたいに、特別害があるようには見えないし。





むしろ、この奇妙な出会いが、何か特別な出来事を連れてきてくれそうで。





幼い頃に失った、特別なコトへの好奇心を、また取り戻したような気にもなって。





それよりなにより、最初は唐突に奪われて、その後あたしが自分で拒絶した、家族の柔らかな温かみを、そっと思い出させてくれた雫の存在は、恐怖や驚きなんていう感情を一足飛びで越えていって。





「ありがとう」の5文字以外に、この気持ちを表す単語は、見つかりようがなかった。