銃声が響き渡った。

恨みを込められたその弾丸は体を貫き、視界を白く染めて行く。


きっと戦いはこれまでなのだろう。
自分が死ねば彼らは降伏を選ぶはずだ。

だが、それでいい。
生き延びてくれれば、それでいいのだ。


短い命だったと思う。

後悔が無いと言ったら嘘になる。


もし、もしもだ。

ここで願いが叶うとしたら、迷わずこう願うだろう。


もう一度、生きてる皆に会いたい。

まだ死にたくない、と。



「…ただいま」



銃弾の前に倒れた青年は、力の無い手で刀を握りしめた。

その顔は、かすかに笑っているような、そんな穏やかな表情だった。







第一章:おかえり







鳥の声が響き渡っていた。

聞いた事のあるような無いような、そんな不思議な声。


その中で青年、土方歳三は目を覚ました。

まだ働かない頭で辺りを見回し、ここが屯所である事をどうにか理解する。


「目が覚めたか?」


聞き覚えのある声に驚き、土方は起き上がろうとした。

しかし、腹部の激しい痛みに邪魔され起き上がる事ができない。


「勇さん、なんでここに…!」

「なんでと言われてもなぁ…」


困ったように苦笑いをする彼は、新選組局長・近藤勇だ。


しかし、土方の知っている近藤はすでに「死んでいる」。

さらに言ってしまうと、土方自身も蝦夷の地で銃弾に倒れたはずであった。


それが何故、二人とも生きているのか。

近藤はともかく、銃弾が体を貫いた事は土方自身がよく覚えている。

確かにあそこで死んだはずだったのだ。


「あ、そうそう。目覚めたばかりで悪いんだが、名前を教えてもらってもいいか?」

「…は?」


彼が何を言っているのか分からなかった。

土方と近藤は新選組を結成する前からの知り合いであり、簡単に忘れられるほどの仲ではない。

それなのに名を尋ねられるとはどういう事なのだろう。


土方が困惑していると、一人の男が部屋に入ってきた。


「自分から名乗るのが礼儀ってモンだぜ、近藤さん」


言葉を失った。

入ってきた男は紛れもなく土方歳三そのものであった。


声も姿も全てが自分そっくりであり、土方から見ても自分と認めざるを得なかった。


「そうだったな、俺は近藤勇だ。よろしく」

「俺は土方歳三。で、お前は?」


ますます訳が分からなくなってきた。

土方歳三は自分であったはずなのに、彼は土方歳三を名乗ったのだ。

同姓同名ならいい、しかしここまで酷似してしまうとどうにも他人事とは思えない。


戸惑う土方を「土方」は睨みつけた。


「あ、その…内藤隼人、だ」


咄嗟に出てきた名前を口にすると、「土方」は満足気に笑みを浮かべる。

理由は分からないが、その笑みに強い恐怖を覚えた。


「では内藤君、怪我が治るまでここにいるといい」

「治るまでとは言わずにずっとここにいろよ」


「土方」ー…土方の言葉に一瞬だけ近藤が固まった。

そんな近藤を気にする様子もなく、土方は「内藤」に微笑みかける。


「どうせ行くところもねぇンだろ?匿ってやるよ」


そう言った直後、土方は内藤の腹を強く踏みつけた。


「い…っ!?」


銃弾を受けたところが激しく痛み出す。

歯を食いしばり内藤は土方を睨みつけた。


その反応を面白がるように、土方はより一層強く踏みにじる。

その痛みに、思わずうめき声が漏れた。


「トシ、止めろ」

「言われなくとももうやンねぇよ、こいつつまンねぇし」


土方の足がどかされると、恐怖から解放された感覚がした。

妙な安心感が内藤を包む。


「早く怪我治すんだな、内藤隼人」


土方は懐から包帯を投げ出し、二人を残して部屋を後にした。

それと入れ違いに、背の高い不健康そうな青年が入ってくる。
病人のように細く、服はボロボロだ。

内藤の枕元に座ると、起き上がれますかと声をかけた。


「あんた、名前は?」

「斎藤一と申します」


近藤と斎藤の手を借りながら、内藤はなんとか起き上がる。


斎藤と名乗ったこの青年も、内藤が知る斎藤ではなかった。

気が強く口数の少ない、無愛想な斎藤とは真逆である。


「包帯を変えますので、少し痛みますが我慢してください」


斎藤が内藤に巻かれていた包帯を外すと、痛々しい刀傷があらわになった。

銃弾ではないことが非現実的であった。


斎藤の手当は見事なものだった。

少し痛むものの、先ほどよりだいぶ和らいでいる。

斎藤にありがとうと一言伝えると、照れ臭そうにいいえと笑った。


「内藤君はどこから来たんだ?」


返答に困った。

内藤自身、どこからここに来たのか覚えていないのだ。
その前にここがどこなのかも把握していない。


「…分からない」


内藤がそう答えると近藤は申し訳なさそうにうつむいた。


「あの、内藤さん」

「ん?どうした?」


斎藤はおずおずと懐から一枚の紙を取り出した。

地図だろうか。
複数の道らしき線がひいてある。


「僕と一緒に、来て欲しいところがあります」


握られた斎藤の拳は、かすかに震えを帯びていた。