ある考古学者とその妻

ずずっと鼻水をすすり、眼鏡を外して涙を拭うモップは、そういえばと居住まいを正し私に頭を下げた。

「申し遅れました、私が北方です。お約束の時間に遅れて申し訳ありませんでした。」

「いえ、お忙しい所無理にお時間を頂いたのですもの、お気になさらないで下さい。」

このおっちょこちょいなモップ野郎が、准教授様でしたか。
やれやれ、まぁこれなら気難し屋の准教授様への取材も、スムーズに行くかも知れないわ。

内心ほくそ笑む私に、あからさまに嫌そうな雰囲気を醸し出す北方准教授。
…顔は見えないから、あくまで空気が変わったとしか分からないんだけど…何か怒ってる?

「忙しい…と言うより、僕の体質のせいです。本当に厄介な…女難の相と水難の相が出ていると。…そう、いつだって僕に…」

はい?
何か今度はブツブツと独り言を喋り出したわ。
つか闇のオーラを背負ったまま、親指の爪を噛むのやめなさい。
何か…変な人…。

「あの〜、そろそろ帰っても…」

ベッドから降りようとした私の手を、北方准教授が握りしめた。
ガッチリと両手で。
何をなさる。
ここは日本で、お互い日本人でしょ、陽気なラテン種族ならいざ知らず、日本人の適切な距離感て存在すると思うのだけど?
増してやあなたと私は初対面ですよ。

困惑しきりな私を置き去りに、モップ野郎はきっぱりと宣言した。

「僕のせいで貴方を傷物にしてしまった。僕も男です、逃げも隠れもしません、責任を取ります!」

…今、この目の前のモップは何を言ったんだ?

「せ、責任?」

いやその前に、傷物てどういう意味か?

「今度、貴方のご両親にご挨拶に伺いたいと…」

ゴスッ!

鈍い音が病室に響いた。

物凄い勢いで、グイグイ迫ってくる北方准教授だが、最後まで言わせてもらえなかった。
綺麗に踵落としを喰らい、ベッドに突っ込んで止まったから。

「ばーか。お前ごときにこいつをどうにか出来る訳ないだろが。」

垂れ目の無精髭が仏頂面で立っていた。

「山内さん、どうして…」

「ぶぁ〜か!なかなか帰ってこねぇと思ったら、こいつから病院に担ぎ込まれたって電話あってよ、泡食って駆けつけて見たら…コント演ってるって…バカかお前わょ!」