ある考古学者とその妻


シュークリームを、口いっぱいに頬張るおじいちゃんは、幸せ顏。
そんなに嬉しそうな顏されると、また買って来ようって気になるよね。

手土産のシュークリームは、喜美満の売れ筋。地味だがこっくりしたクリームが絶品、とロングセラーの一品だ。

「ネイルの歴史は古くてね、紀元前に遡る。エジプトではヘナを使いネイルを施した。日本では平安期、紅花やホウセンカを用いた。」

「女性が美しく在りたいと願う心は、いつの世も変わらないのですね。」

成る程、女としての嗜みちゅう事ね。
しかし、遅いな北方准教授。
あれから既に一時間…。
いくら私がのんびり者で、寛容な人間であっても、いい加減怒り出すよ。
っても、こちらは取材させて頂く人、あちらは取材対象。
文句は言えません。

けどさぁ、礼儀とか、社会通念上の常識とか、小学校で習う話じゃないかしら。

約束は守りましょう。
約束の時間には送れない様にと、小学校の頃の担任の西沢先生はおっしゃってました。

その時、控え目にドアをノックする音がして、おじいちゃんはアンティークな壁掛け時計を見上げた。

「どうぞ、開いてますよ。」

静かに開いたドアの向こうには、髪をひっつめにして、一つに結わえた女が立っている。
黄色のポロシャツにジャージと、足元はよれっとした黒のコンバース。

地味だ。

地味女ちゃんは、恐る恐るこちらに声を掛ける。

「あ、あの。介護施設おりがみのヘルパーです。寺野さんのお迎えに来ました。」

おじいちゃんは、タイムアウトと言って手を広げる。

「麗子ちゃん、ごめんね。北方君から連絡する様に言っておくから、一旦帰る様にしてもらおうかな。今日は皆出払っていて、誰も居ないんだ。」

本当に申し訳なさそうに眉を寄せるおじいちゃん。
おじいちゃんが悪い訳では無い、寧ろ楽しい時間だった位だ。おじいちゃんの持つゆったりした時間に、気持ち良くたゆたう私は、ちっとも怒ってなどいない。

「いえ、ではまた出直して参ります。今後とも弊社を宜しくお願い致します。」

立ち上がるとふわりと肩で揺れる髪。
丁寧にお辞儀をして部屋を出ようとする私は、入口の地味子さんと目が合う。

怯えた様に顔を伏せる地味子さん。
…何だろ?
私顔に何かついてる?

「加奈ちゃん、帰りも宜しく。」

地味子さん、もとい加奈ちゃんは、私を避ける様にして寺野教授の元までやって来た。