ある考古学者とその妻

あ…。
うそ…。

思わず体の動きも止まった。

涼しげな目元、スッと通った鼻梁、純血の大和民族には見られない、灰色の瞳。伏し目がちになった目元を縁取る長いまつげが、憂いを帯びて見える。さっきまではただ陰気だったのに、今は影のある色気がだだ漏れに見える。

何ていうか…美形。
いやいや、そんじょそこらの美形じゃない、美形の中の美形、キングオブ美形。
いやーっもうポカーんと口開けて、アホづらさらしてしまう程に…綺麗な顔立ちだ。

おしぼりタオル持って来たバイトちゃんも、横顔をうっかり見ちゃったのか、固まっている。

私の手から、ポロリと枝豆が転がり落ちた。

「なっ?すげー破壊力だろ。」

うん、本当に同じ人間なんだろうかと思う程、超絶美形だわ。

「やめて下さいよ先輩。人を兵器か火器の類いみたく…。」

不自然に言葉を切った北方准教授は、横からの熱い視線に気付いたようだ。
目をハートに、なんて昔のマンガみたいだけど、頭上にハートがポワポワ浮いたバイトちゃんが、声も出せずに見つめていた。




「いやいや、相変らずすげーなお前の素顔は。で?お前もいい年だしそろそろ真面目に結婚とか考えてるのか?」

「先輩…、その話題今振りますか。」

げんなりした北方准教授、まぁ婚約者なり彼女なりがいれば、私にあんな事は言う訳無いよな。

「そーだょな、麗子に傷物にした責任取るだなんて言ってる位だ、結婚相手なんかいるわけ無いか。」

かっかっか…。笑ってる。
完全に解っていて言ってる、山内さんそりゃあ喧嘩売ってるって。

「しかし、二階堂さんに傷を付けてしまったその責任は…。」

下ろした前髪と瓶底眼鏡で、神々しい素顔は再び封印された北方准教授は、肩を落としている。

「やだなぁ、あれ位どうって事ないですよ、ただのたんこぶだし。」

北方准教授は真面目なんだなぁ。
よくある、事なかれ主義の延長にある真面目さ、そんなんじゃなく本当に自分のした事に対して責任を持とうとする、馬鹿が付く真面目なんだろうな。
凄くいい人なんだろう。

「良一、傷物てのは貫通式をすませた直後の女性に…」

やーめーれー。
殻のジョッキを山内さんの頭上に振り下ろせば、鈍い音をさせ撃沈する。

「…でも、自分の気持ちは偽れませんね。」

ジッと手の中にあるグラスを見つめるモップ野郎は、心なしか切なげに見える。