「またか」

陸は頭をおさえてうずくまった。
声に含まれた殺意が、頭の中にずぶずぶと染み込んでくる。気持ちが悪い。吐き気がこみ上げてくる。


また、どこかで、何かの付喪が人を殺そうとしているのか。


陸は、穴だらけになった、隣人の林の死体を見下ろした。
彼とは、そんなに親しい間柄ではなかった。顔をあわせれば、軽くあいさつをする。それくらいのものだった。引っ越したばかりの頃に、一度、掃除機を貸してもらったことがあった。思い出のようなものは、それだけだ。他人だった。隣人ではあったが、関係はただの他人だった。


それでも、胸がしめつけられた。


嫌だ。


物が、人を殺すなんて、すごく嫌だ。


陸は、これから自分がやろうとしていることを想像した。手に汗がにじんだ。心臓の鼓動が早くなる。深呼吸をして、吐き気を少しだけおさえる。


目をつぶった。


集中して、頭の中に入ってくる付喪の声が、どちらの方角から聞こえているのかを探る。


「やかかかかかっ、やかかかかかっ」


西だ。


駅前の、デパートがある方向。


「どうしたの?」
遊美が声をかけた。
陸は、はっとして遊美の顔を見た。そして少し悩んだ後、遊美にむかって、深く頭をさげた。
「何をしているの?それはおじぎという人間の行動よね。何で今、そんなことをするの?」
遊美が、不思議そうな声をあげる。
頭を下げたまま、陸は言った。
「お願いが、あるんだ」
「お願い?」
「さっきのあれを、また、してほしいんだ」
「さっきのあれとは、何?」
「この声の付喪を、壊してほしい」