「ううっ。早く着替えよっ」

「…待て」

宿へと歩き出すスリサズの襟首を、ロゼルが掴んで引き留める。

「ちょっ! 何よッ?」

「…君は、都の酒場でアンコクマイマイの話を仕入れてから、まっすぐあの宿に向かったのだな」

「だから何?」

「…俺は、知り合いの風使いのところに寄って、風壺を作ってもらってから来た」

「壺に風の魔法を封じ込めるアレ?
蓋を開けると風が吹き出すっていう」

「…時間が来ると自動で蓋が外れる仕掛けにしてもらった」

「ふーん。で?」

「…そろそろ発動する頃だ」

その言葉が終わるか終わらないかのうちに…

宿の二階が爆発した。



「なっ!? ロゼル!?
あんたいったい何を!?」

「…風壺を利用して、宿の内部に塩を撒いた」

「塩ォ!?」

「…カタツムリもナメクジと似たようなものだからな。
…見ろ」

宿を形作っていた幻が解け…

「なななっ!?」

スリサズが、驚いた弾みでスッ転ぶ。

三角屋根と灰色の石壁が、似たシルエットの、しかし全く別のモノへと変化していく。

それは…

家屋のように巨大な、カタツムリの殻だった。

「アンコクマイマイ!」

「…さっき戦ってたのと同じ姿か?」

「ええ!
大きさも同じ!」

「…あんなのとやりあってたのか…」


アンコクマイマイは、殻の色は普通のカタツムリと変わらなかった。

しかし、その殻からズルリズルリと這い出した、殻に違わぬ巨大な“身”は、その名通りに不気味に艶めく漆黒だった。

そして…

宿の主とその孫娘が、アンコクマイマイの身の中に下半身をめり込ませ、両腕をバタつかせて必死にもがいていた。