雨で滑る森の道を、ロゼルは臆することなく駆けていた。

(…何故だ…っ?)

疑問と焦りが頭を廻る。

まっすぐ走っているはずなのに、木々の向こうから響く戦いの音に一向に近づけない。


スリサズが唱える呪文。

魔物の雄叫び。

スリサズの魔法を受け、雨水が氷の槍となって降り注ぐ音。

氷の槍がたやすく弾き返される音。

スリサズの悲鳴。

そしてまた、スリサズがめげずに呪文を唱える声。

それらが幾度となく繰り返されている。

(…なのに何故たどり着けない…!?)

もう随分な距離を走っているのに。

(…この森はおかしい…ッ!!)

気づき、ロゼルは足を止めた。

(…なるほど、そういうことか…)

戦いの音は、ロゼルの周りをグルグルと回っていた。

北から西へ、西から南へ、南から東、そして北。

アンコクマイマイの移動速度は未知数だが、少なくともスリサズの足で走り回れる速さではない。

(…ならば…!)

ロゼルは腰に下げた剣を抜き、自分の足元の地面に突き立てた。

「ハッ!!」

ロゼルの両手から、魔力の炎が噴き出す。

その炎は剣を伝い、土の中に潜り込む。

ボウッ!!

土の下で爆発が起こった。

「ピキョオオオ!!」

土砂が舞い上がり、大地を裂いて炎が溢れ出し、魔物の叫び声が響く。

背筋も凍るような声…

山火事となりかねぬ勢いの炎は、雨に打たれてほどなく鎮火する。

煙が風に流された後には…

びしょ濡れのスリサズが、杖にしがみついてうずくまっていた。



周囲の木々は、ところどころがスリサズの魔法の余波で凍りついている。

だが、魔物が暴れた痕跡はない。

「な、何よ何よ…ヒクッ…全部、幻だったってわけェ? …ヒクッ。カタツムリのくせに生意気な真似を…ヒック!…」

スリサズがよろよろと立ち上がる。

「…泣くな…」

「っ! 泣いてない!
これは…鼻水よ!!」

「…雨水でじゅうぶんだと思うが」

そしてロゼルは、ふいっと横を向いた。

その視線のすぐ先では、随分前に出たはずの宿が、昼間とはいえ曇って暗い空の下、窓に煌々と明かりを灯してたたずんでいた。