「びっくりした。川本、帰ったんやなかったん?」


「こっそり後をつけてたんよ」洋平の隣に立つ。「言ったやん。いっしょに散歩しようって」


そのあとふたりはならんで公園を出た。
ホットココアを飲み分けながら、夜道をのんびりと歩く。
静寂と、たまに聞こえる車の走る音が心地よかったので、しばらくの間、互いに何もしゃべらなかった。


「ロマンティックな話をしようや」
田んぼ道に出たところで、唐突にミツキが言った。


「何やそれ?」


「いまロマンティックな気分やけん、そんな会話したいなあと思って。ねえ、なんかロマンティックな話をしてや」


そんなことを、急に言われても困る。洋平はいくつか考えてみたが、どれも口に出すと鳥肌がたちそうなので、話すのはやめることにした。そもそも要求されて話すものではないだろう、こういうことは。ミツキという少女はどこかずれているようだ。


代わりにこんなことを聞いてみることにした。


「仁さんをふったってほんまなん?」


「え?」ミツキがまばたきをした。「ああ、さっき仁さんに聞いたんやね」


「うん」


「ほんまよ。それがどうかしたん?」


「なんで断ったん?あのひとに憧れてるって言うとったやん」


「憧れてるんと、恋するってことは、わたしの中ではちがうんよ」


洋平が首をかしげると、ミツキは少しの間何かを考える表情をしてから、いきなり洋平にデコピンを喰らわせた。


「何ぞ、いきなり?」


額をおさえて、洋平はミツキをにらんだ。


「ごめんごめん」ミツキは手をあわせた。「わたしは君にデコピンができる。でも、尊敬する仁さんにはおそれ多くてそんなことはできない。わたしは気軽にデコピンしあえるようなひとが好きなんよ」


……喜んでええんか、それ?


とりあえず、洋平は返事の代わりにデコピンをかえした。
ミツキは額をおさえて、おどけた悲鳴をあげた。