「洋平、お客さん」


夜の七時頃、自宅の部屋で雑誌を読んでいると、玄関のほうから母親の声が聞こえてきた。


「誰?」


と大声で聞くと、


「女のひと」


という返事がかえってきた。


洋平は首をかしげた。



夜中に家をたずねてくるような女性の知り合いなど、自分にはいないはずだ。


部屋を出て玄関へ行くと、見覚えのある無表情が目にはいってきた。


「淵上先輩」


「こんばんわ」


玄関に立つ淵上は、黒いセーターにスカートといった服装だった。


「話があるんやけど、あがってもいい?」


淵上は、ゆっくりと聞いた。洋平はぎこちなくうなずいた。


淵上を自分の部屋に案内した。母親が好奇心を目にうかべながら、さりげないふりをして側を横切った。淵上を部屋に入れると、急に尿意を感じた。


「すいません、ちょっとトイレに行ってきますんで、ここで待っててください」


そう言って洋平は便所へ向かった。
用を足している間、洋平は大きくため息をついた。淵上が目の前にいると、いつも体がこわばってしまう。


入部した日に出会って以来、洋平は淵上のことが苦手になっていた。


彼女は毎日放課後、誰よりも早く部室に来て、ソファに寝転がり、そのままじっと動かなくなる。その間、部室に誰がはいってきても、ほとんど反応しない。声をかければ返事はするが、彼女のほうから何かを話したりすることはまったくなかった。
そんな無愛想な態度のせいで、淵上は他の部員からもさけられていた。
彼女に平然と接することができるのは、仁さんと藤沢と三田村の三人だけだった。


そんな淵上が、わざわざ家にまで来て洋平に会いにくるとは。


「いったい何の用なんやろ?」


洗面所で手を洗いながら、洋平は不安げにつぶやいた。
部屋にもどると、淵上は畳の上に正座をして待っていた。洋平もつられて、その場に正座をした。


「えっと、話って何です?」


「三田村順次に惚れた。どうしよ?」


間を置かずに即答されたので、うっかり聞きのがしてしまった。