何処からどう見ても、完全に呆然とした顔の錐生。

私は、錐生が、いきなり現れるなんて思っても見なかったから、しどろもどろしてしまう。


「今…授業中でしょ?お嬢はサボっちゃダメだよ……。」


目線を下へ落とす。長い髪が、錐生の顔を隠して、今どんな表情をしているのか解らない。



「あのね、錐生……。私、話があるの…。」



意を決して、ゆっくりと…はっきり呟いた。

今言わなきゃいけない気がしたんだ―。


徐々に、錐生の顔が上がってくる。見つめ合う視線が絡み合い、何とも言えない緊張が、胸を過ぎった。

もう、後には戻れない――…。



「何……?」


錐生は無表情になり、私に問い掛けてくる。


すぅ…と息を整え、きゅっ…と掌を握り、私は少しずつ話し始めた。



「私…あれからずっと……考えてたの…。」


「あれから?」


「そう…。あの日……理事長から、恋人宣言を頼まれた時から……。どうして、錐生は…私は…断らなかったのか。いくら理事長の頼みだからって、私達に断る権利はあったはずだよね。なのに……どうしてって、ずっと…ずっと考えてた。」



結ばれた契約。本人の意思で、いくらでも、取り消す事は出来たんだ。

でも……それを私達は、望まなかった。……受け入れたんだ。


「きっと、錐生は優しいから。頼まれて、断れなかったんじゃないかって思ってた。……その上、私に対する態度も、全然変わらないし…。私、本当に嬉しかった。」


今までの思い出を引っ張り出す。

向けられた笑顔は、どんなに表情が違くても、必ず私の心に、焼き付いていたんだよ。



「どんな時でも傍に居てくれて、必ず私に微笑んでくれる。その事が、私……何より幸せだったんだ。」



胸に溢れる想いが、込み上げてくる。

潤み始めた瞳は逸れる事なく、ただひたすら錐生だけを見つめていた。