ほどよいあとさき



「相模が、仁科さんをもてあそんでるわけじゃないとは思うけど、だからといって、仁科さんをどう思ってるのかもわからない」

「心配?仁科さんのことが」

「……ああ。仁科さんがうちの会社に採用されたのは、コネでもなんでもなく仁科さんの実力だと、彼女の入社前に社長から聞いているし、できれば彼女との接点は持たないで欲しいと言われたんだ」

「社長から?」

「ああ。仁科さんを採用するにあたって、俺に精神的な動揺がないように配慮してくれて、事前に話があったんだ。
いつ、仁科さんが仁科夫妻の娘だって社内で公になるかもわからないし、その時に俺が不安定にならないように、な」

歩は小さく息を吐いた。

そして、「いい社長だよな」とぽつりとこぼす。

その声からは、社長への感謝と敬意が感じられた。

歩のお父さんが引き起こした交通事故の原因は過酷な労働条件のせいだと、そして、その責任の大部分は親会社にあると認めて、世間からの批判も全て受け止めた「KH建設」の社長や幹部の人たちのおかげで、人生を進めていくことができた歩。

そして、「KH建設」同様、その事故の原因の本質を真摯に受け止めて、労働条件の改善に努力を続けている「片桐デザイン事務所」。

歩が片桐に就職するにあたっての上層部でのやりとりは複雑なものがあったと聞くし、歩を受け入れると決めた片桐の懐の大きさには感謝以外にないと、歩は以前漏らしたことがある。