「は?な、なんで?なんで仁科さんのことが気になるの?」
「え?あ、ああ、そういう意味じゃない」
慌てた歩は、荒々しい口調の私を落ち着かせるように私の背中をぽんぽんと叩くと、自分の気持ちも落ち着かせるように、深呼吸をした。
そして、何度か瞳の奥を揺らしたあと、ためらいがちに呟いた。
「仁科さんは、仁科圭さんと明日香さんの忘れ形見だからな」
ぽつり。
感情を込めずに呟いたその声音は、乾いているのか濡れているのかもわからない、ただその言葉だけを私に聞かせるような、淡々としたもの。
「俺の父親が引き起こした事故で亡くなった、仁科夫妻は、仁科葵さんのご両親だ」
「うん、そうだね」
「俺の父親の事故で、ご両親を亡くして、悲しい思いを抱えて育ってきたのが、仁科さんと、双子のお兄さんだ」
私の肩を更に抱き寄せて、低い声で呟く歩。
体全体が、微かに震えているように感じて、視線を上げる。
視点の合わない瞳は何も捉えていなくて、考え込んでいるその瞳の中には、不安定な揺らぎがある。
「歩……?」
歩の瞳にある、力ない光。
これまでも、何度か見たことがある。
歩がそれに気づいているとは思わないけれど、その瞳の心細さに満ちた光が見え隠れする時、いつも彼の心を覆っているのは、お父さんへの複雑な想いだ。

