ただでさえ、今も幾つもある深い傷をどうにかふさぎながらこの一年を過ごしてきたというのに、その傷の理由である本人から
『普通にしてろ』
と言われてしまった。
「私……」
ぎゅっと唇をかみしめて、俯いていた顔を上げると、そこにはどこか苦しげな歩の顔があった。
「歩……?あ、いえ、椎名主任」
その表情がなんだか切なくて、私は思わず『あゆむ』と呼んでしまった。
呟いた瞬間、言い直したけれど、本人の耳には届いていたようで
「一花にそう呼ばれると、ほっとするな」
小さく首を傾げながら、椎名主任は呟いた。
目を細めて穏やかに笑うその顔を見ながら、私だって同じことを思う。
『いちか』と、歩からそう呼ばれると、心がときめいて、気持ちは弾む。
それは、歩に言われてこそ感じる想いだ。
好きな人から名前を呼び捨てにされる時の鼓動の跳ね方は、思わず目を閉じてその心地よさをじっと味わいたいと思うほどに大きい。
そんな私のどきどきする気持ちを見透かしているのか、歩、ううん。
椎名主任はその瞳を私からそらす事なく言葉を続けた。
「確かに、俺のマンションに一花がいる時に突然相模が来たな。あいつ、いつも突然だから、あの日も何の連絡もなしにやってきて、驚いたよな」
「……はい」

