『父親が亡くなった時から、あまりにもつらすぎることが多すぎて泣き方を忘れた』
と、苦々しげに歩が呟いたのは、歩のお父さんの命日だった。
墓前に線香をあげ、お父さんが好きだったというお酒を供えたあと、不意に聞かされた言葉。
隣に私がいることをその瞬間忘れていたのか、何かに思いを馳せながらの呟きは本音以外のなにも感じ取れなかった。
思い出すことすら避けたい、苦しみと絶望の経験を乗り越えるには、尋常ではない精神力と強さが必要だったはずだ。
そして、その過程に涙を流す余裕なんてなかったに違いない。
「悪い……格好悪いな、俺。せっかく一花をこの腕に取り戻したのに、泣くなんて」
低い声が、静かな部屋に響く。
ため息交じりの吐息を時折感じる。
私の背中に置かれた指先の震えが、歩の不安な気持ちを教えてくれる。
歩が初めて見せてくれるそんな様子によって、次第に私の心は温かくなり、ゆるやかに解放されていく。
私は、立ち尽くしたままだった体をゆっくりと歩に預け、もたれるようにその背中に両手を回した。
ちょうど歩の胸元にある私の耳には、とくんとくんと、どう聞いても速い鼓動の音が届いてくる。
その速さが意味するところを受け止めて、さらにぎゅっと体を近づけた。

