「一花?」
「あ、ごめん、なさい……」
歩が抱えているつらい過去を、ふと思い出していると、私を抱きしめる力がさらに強くなった。
私の顔を覗き込む歩は、怪訝そうな表情をしている。
「私が歩の側にいても、片桐デザイン事務所は、大丈夫なの?」
歩が恩義を感じ、大切に思っている片桐デザイン事務所は、歩の判断によってその未来が左右されるはずなのに。
「ああ。もう大丈夫だ。大株主だかなんだか知らないけど、夏乃の実家の影響力は確実に小さくなったから、大丈夫だ」
「……本当に?かなりの株式を保有しているでしょ」
「ああ、今でも株主名簿の上位に名前は上がってきてる」
「だったら、やっぱり……」
私は、悲鳴にも似た小さな声をあげて、歩から体を離そうともがいた。
それでも、私の体に回された歩の手がほんの少し緩んだだけで、その場所から抜け出すことはできない。
「歩……」
「大丈夫なんだ。っていうか、やっぱり株主名簿、見てないんだな」
「え?」
「この三月末で確定している株主名簿が信託銀行からあがってきてるけど、一花は見てないだろ。まあ、見せないように、相模のところへ異動させたんだから、当然だな」

