「今朝こいつから電話があったんだよ。家で録画予約を忘れたから会議室で録画しとけって。
朝早い生放送は、苦手でいつも何話したか覚えてないから後で確認するんだってさ」
「え?こ、こいつって」
「ん?相模。うちの社員なら知ってるだろ?わが社の顔であり建築界の至宝だ」
軽く聞こえるその声は、どこか面白がっているようにも聞こえる。
「もちろん、相模主任の事は知っていますけれど……椎名主任の同期ですよね?以前一度、マンションで……あ、いえ」
私は、慌てて両手で口を押さえて俯いた。
言わない方がいい。
とっくに過去の出来事となっているのに、今更言っても仕方がないし、軽々しく口にして切ない気持ちをよみがえらせたくはない。
肩で息をしながら、大きく揺れた気持ちを整えた。
そんな私をじっと見ていた椎名主任は、
「ここには二人しかいないんだから、一花が無理に気を遣う事はない。それに、ちゃんと一花は立ち直ってるんだから、昔のあれこれに囚われずにいろ」
「あ、はい……」
にっこりと笑う椎名主任に、私もどうにか笑顔を向けた。
ぎこちなく見えてなければいいけど。
「一花と俺の事は、あまり周囲には知られてないんだから、そうやって神経質になってると余計に不自然だ。普通にしてろ」
あっさりと『普通にしてろ』と自分の思いを口にする椎名主任の表情と、その言葉が意味するものによって、じわじわと私の心には傷が増えていく。

