ほどよいあとさき


それでも日々は過ぎていく。

歩のお母さんは仕事を見つけ、働きながら、交通事故の犠牲者となった方々へ手を合わせ、妹さんはその事故がきっかけかどうかはわからないけれど、美容師としてできるボランティア活動に積極的に参加している。

歩も、どうにか気持ちと生活を立て直し、それでも尚、複雑な思いを抱えていた大学時代。

その在学中、就活に励む歩のもとにKH建設の社長から再び連絡があった。

『もし、就職先がまだ決まっていないのなら、力を貸したいんだけど、どうだろうか。
歩くんのこと、何かと勘ぐられることも多いに違いないうちに入社するよりも、
『片桐デザイン事務所』に就職する気はないか?』

就活中、父親の引き起こした事故が、直接影響することはなかったし、歩が加害者の息子だと知る人はいなかったらしいけれど、将来何があるかわからない、とKH建設の社長は考えて、知り合いの会社に話を既につけてあると、そう言って笑っていたらしい。

会社同士の繋がりが深い『KH建設』と『片桐デザイン事務所』。

社長同士も気心が知れていることから、歩の就職先は上層部の話し合いで決まってしまったらしい。

歩の人生を長い目で考えてくれる温かい社長の言葉は、重苦しい人生を、どうにか優しい未来へと変えてくれるものでもあった。

歩のことなど、捨て置くこともできたはずなのに、親身に寄り添い、歩の家族が幸せに暮らせるようにと配慮し続けてくれた社長。

悲しい事故をきっかけに、グループ全体の労働条件改善に尽力し続けている社長と戸部先生の姿を何度も目にし、憧れを抱いていた歩。

内定を得る為に努力している友人たちの苦労を知っているだけに、自分だけが大きな企業に就職できることへの申し訳ない思いは感じつつも、その申し出を二つ返事で受けた。

そして、その時からずっと、歩はその二つの会社への恩義を感じながら生きている。