歩が『忘れたり、振り切ることは一生できない』と言っていた、彼の父親が引き起こした大きな事故。
既に10年以上が経っているにも関わらず、世間ではまだ風化されていない、悲しい交通事故。
私が『片桐デザイン事務所』に勤務している、というよりも、建築業界に身を置いている限り、その過去に触れる機会は多い。
おまけに、弁護士をしている私の父親がその事故に深く関わっているとなれば、なおさらだ。
『仁科圭』
『仁科明日香』
夫婦だった二人は、建築に携わる人ならば、誰もがいつかは欲しいと願う「設計デザイン大賞」をそれぞれ受賞し、注目を浴びていた。
単純に、受賞だけが注目を浴びる理由ではなく、二人が設計する建築物の評価の高さと、温かさ。
そして、どれほどの栄誉を手にしても、真摯に仕事に向き合い続ける二人の人間性によって、社会的に認められていた著名な建築士。
けれど、二人が乗っていた車が、玉突き事故に巻き込まれた。
そして、二人は亡くなった。
その事故の引き金となった、トラックの運転手の居眠り運転。
そのトラックを運転していたのが、歩の父親であり、そしてその父親もまた、事故により即死。
当時まだ高校生だった歩の未来は、その事故によって大きく変わってしまった。
社会的に名前が知られていた「仁科夫妻」が犠牲となった交通事故は、大々的に報道され、世間の注目を浴びた。

