「あー。ごめん。俺、自分で自覚してるよりも、ずっと一花がこの部屋に戻ってきたことに舞い上がってるみたいだな。10代のガキじゃあるまいし、もう少し落ち着いて説明しようかと思うけど。
ここまで混乱させてしまったんだから、もう少し、あとキスする時間くらいは待
てるよな?」
「え?」
「説明ならいくらでもするから、もう少し、一花を感じさせてくれ」
そう言うが早いか、私の返事を聞こうともせず、歩は私の後頭部に手を回し、もう一方の手は私の顎の下に。
「口、開けて」
「あ、あけて……んっ。ちょっ、んっ……あ、あゆ、む……っつ」
力強く引き寄せられた私は、歩の体に取り込まれ、そして、深く口づける歩の吐息と舌の動きに翻弄される。
それと同時に、心に重く広がっていた暗い感情が少しずつ払拭されていくような気がする。
「あと一週間でも遅かったら、俺はもう待てなかった。……会社への恩なんて無視して、なんとしてでも一花を取り戻していたはずだ」
歩は、次第に昂ぶる感情に比例して、私を抱きしめる力も強くなり、深いキスというよりも、壊れた魂を私に注ぎ込むかのように、苦しげに言葉を紡ぐ。
思い出しているんだろう、きっと。
強気の口調と、余裕に満ちた仕草の数々。
口元はいつも自信を漂わせて、周囲の誰にも付け入る隙を与えない。
見た目が整っているのは生まれつきだとしても、知識に溢れ、誰からもこの男が欲しいと思わせる人柄は、本人が経てきた苦しみに満ちた人生と、努力によるもの。
歩が、否応なく背負うこととなった人生の負の部分によって、彼は自分を必要以上に叱咤し、甘えることを許さなかった。

