歩は、大きく息を吐くと、ゆっくりと私の体を引き離した。
目の前にある歩の顔を見上げながら、二人の間に生まれた握りこぶし一つ分程度の隙間に寂しさを感じた。
私の肩に両手を置き、軽く腰を折った歩は、視線の高さを私のそれに合わせると自嘲気味に呟く。
「一花を手放すことが、あの時は最善のことだったと、今でも思うし、他に方法はなかったと思うけど。
それでも一花を傷つけてもいいっていう理由にはならない。
本当なら、今頃、この細い体には、俺の息子がいるはずだったのにな」
「む、息子?」
「ああ。俺は一花を初めて抱いた時に、お前と結婚するって決めたからな。
順調に進んでいれば、今頃はこの小さな体には俺の息子が宿っていたはずだ」
歩の手が、そっと動いて私のお腹を何度か撫でる。
手の平で円を描くような、何かを確認するかのような。
「ごめんな。お父さんの準備は整ったから、いつでもここに来ていいぞ。っていうよりも、早く来い」
俯いて私のお腹を見ながら囁く歩の声は、どこか震えている。
『早く来い』という言葉からは、その気持ちを込め過ぎたせいでくぐもってしまって聞き取りづらかった。
けれど、付き合っていた時にも子供が大好きだと公言してはばからなかった歩だから、本気で自分の子供が欲しいんだと思う。

