「うるさい。大切な新入社員をからかうな。お前には神田さんがいれば充分だろ」

「くくっ。ああ、もちろん一花がいれば十分だ。だからお前にからかわれるのを承知でこの宴会にも来たんだけど。いいものが見れたな」

「……椎名、何が言いたいんだ?」

「いや、別に。俺はとりあえず、一花を連れて帰るから、せいぜい新入社員をかわいがってやれ」

不機嫌さ全開の相模主任に構うことなく、歩はそのまま立ち上がると、近くにいた部長に向かって声をかけた。

「すみません。神田はこれで連れて帰りますので、また来週からよろしくお願いします」

頭を下げる歩に、部長や課長たちはあきれたような顔をしながらも、笑いながら

「はいはい。週末は二人で過ごしたいわけだな。まあ、仲良くやってくれ。
……神田さん、椎名はまだまだ出世するいい男だ。スタッフ部門だから相模のように目立つ仕事はしていないが上層部の連中は皆椎名に期待してる」
と声をかけてくれた。

「あ、あの、私は、えっと……」

私は歩と部長たちの間で交わされる会話が理解できなくて、意味もない言葉が口からこぼれる。

私のことを話しているはずなのに、当人である私にはまるで違う世界の言葉に聞えるくらい、理解不能。

不安にも似た気持ちが体が満ちてきた私は、思わず歩の腕を掴んだ。

けれど、そんな私をちらりと見た歩は、なんでもないような仕草で私をすっと抱き寄せる。

当然ながら、抱き寄せられるなんて久しぶりで、思わず心は震えるのに、更に私の心の奥を揺らすように歩は呟いた。

「さ、帰ろうか」

耳元に落とされたのは、私がこの一年必死の思いで忘れようとしていた、愛しい声だった。