歩の囁く声は、私にももちろん届いていて、仁科さんを単にからかっているだけだとわかる。

けれど、吐息すら感じるような近い距離感で囁かれた言葉に、仁科さんは困って硬直したまま。

周囲の目を引く綺麗な容姿とは裏腹に、男性に慣れていないのかな。

大きな目をさらに大きくして、歩を見つめ返している。

そんな二人の様子は、遠目から見ればきっと、歩が仁科さんを口説いているようにしか見えないほど密なもの。

くすくす笑う歩の表情は、まるで仁科さんを甘い言葉と視線で捉えようとしているようだし。

「あの、椎名主任?新入社員をからかうのもその辺にしておいた方が」

困りきっている仁科さんを助けるつもりで思わず歩にそう声をかけたけれど、私としては、私以外の女の子に優しい表情を向けている歩をこれ以上見たくないから、つい声が出たというのが本当のところ。

たとえ歩が仁科さんをからかっているだけだとしても、やっぱりいい気分じゃない。

私は思わず歩の腕を掴んで、歩を仁科さんから離そうとした。

その途端。

「来て早々、酔っぱらったのか?」

冷たい声が聞こえたかと思うと、仁科さんと歩との間に誰かが割って入った。