「仁科葵です。よろしくお願いします」
緊張感を隠せない様子の彼女の手は少し震えていて。
「ビール、こぼれちゃうよ」
「あ、すみません」
「私、籍は経理部なんだけど、たまたま相模主任のサポートで住宅設計部に派遣されている神田一花です。しばらくの間だけど、よろしくね」
「え、相模さん……いえ、相模主任のサポートを?」
相模主任という言葉に強く反応した仁科さんは、その綺麗な顔を私に向けて、小さく首を傾げた。
どこか不安げな様子が気になるけれど、建築に携わる人なら、相模主任の名前はとても神々しく憧れにも似たものなのかもしれない。
「まあ、詳しくは追々話す機会もあるだろうけど、相模主任の下で、少しだけ会社のことを勉強しているの」
「あ、そうなんですか……」
どこか弱々しい声で、視線をさまよわせた仁科さんは、ふと一点を見つめて表情が硬くなった。
その様子につられるように、私も視線を向けると、そこには相模主任がいた。
何人かの若手に囲まれながら、ビールが入ったグラスを手に、何故かこちらを見ている。
というか、仁科さんを見ている。
え?
二人、見つめ合ってる?
少し離れた距離で、お互い見つめ合ってる様子に違和感を感じながら、私はしばらくの間二人を交互にを見ていた。
いつも自信に満ちている強気な相模主任とはまるで違って、今仁科さんに向けている視線は、戸惑いと迷いを隠しきれていなくて、初めて見る相模主任だ。
一方、私の隣で華奢な体を少しだけ震わせながらもじっと相模主任を見ている仁科さん。

