いつもの落ち着いた姿とは違った、見るからに慌てている様子に部長をはじめ、住宅設計部の人たちは一様に驚いている。
それまでざわめいていた部屋が一気に静かになった。
私だって、この展開が信じられなくて、というよりも、目の前に歩がいる事だけで混乱してしまって声も出ない。
今まさに、住宅設計部の新入社員の歓迎会が始まろうとしているこの場に、どうして歩が来たんだろう。
そんな私の気持ちを察したのか、歩は私をちらりと見ると、私の手首をぎゅっと掴んだ。
それは、私たちが付き合っていた頃に、歩がよく私にしていた仕草。
私が困った時にはいつもこうして体温を分けてくれ、安心させてくれた。
別れてからも、苦しいことがある度にこの温かさが恋しくて、苦しくて。
思わず歩のもとに帰りたいと、泣きそうになったことも一度や二度じゃない。
けれど、どうして今、その温かさをくれるんだろう。
「歩……」
戸惑い震える私の声に小さく反応した歩は、優しく私を見つめて、何度か頷いた。
そして、部長に向き直り、口を開いた。
「相模には、住宅設計部で彼女に余計な虫がつかないように注意してくれって頼んでいたんですけど、まさか結婚の予定まで部長に伝えているとは思っていなくて、ご挨拶が遅れてすみません。
経理部の椎名です。神田とは、近々結婚する予定です」
……ど、どういう事?

