ほどよいあとさき



「神田は、まだ椎名のことが好きなんだな」

私の頭を優しく撫でてくれる相模主任に小さく笑った私は、その問いに何も答えず、溢れそうになる涙を必死でこらえた。

その後、相模主任は何度も私に帰るように言ってくれたけれど、私は体調が悪いわけではなく、気持ちが弱くなっていて感情の浮き沈みに右往左往しているだけだから。

結局、就業時間いっぱい、仕事をしていた。

そして、私の側で幾つかの指示を出しながら意味ありげな視線を向けてくる夏乃さんを意識しすぎて、心身ともに疲れ果てた。

定時後、夏乃さんは業者さんとの打ち合わせがあると言って、私に新入社員の引き取りを任せ、出かけて行った。

今年住宅設計部に配属される新入社員のリストを課長から受け取って、会議室に向かおうとした時、相模主任から声をかけられた。

「そんな顔色の悪い顔で迎えに行ったら新人はみんなびっくりするぞ。俺が引き取りに行くから神田はゆっくりしてろ。今日、歓迎の宴会があるけど、もし体調が悪ければ欠席してもいいし。
……あ、夏乃は外部との打ち合わせに出るから来ないっていうのは無用な情報か?」

「え、いえ。そんなことは……」

「くっ。そんな素直に感情を見せるなんて、面白いな」

「え?」

「夏乃が来ないって聞いて、一瞬で顔色も良くなるって、笑えるほど、素直だな。それなら宴会にも、ちゃんと来いよ。そんなに素直で一途。なるほど椎名が手放さないはず……いや、これこそ無用の情報だな」

「あの、椎名主任が、なんですか?」

思わず口を滑らせてしまったのか、苦笑しながら体を揺らす相模主任は、小さく息を吐いて私を見る。