ほどよいあとさき



『わかりました』

迷いがなかったと言えば嘘になるけれど、そう答える以外の選択肢を見つけられずにいた私は、歩の顔を見ることなく、俯いてそう答えた。

『私には、椎名主任を守って、幸せにするなんてできないみたいです』

そう言って、歩の腕から逃げ出して一年。

予想していたよりもつらい日々は今も続いているけれど、それでもやっぱりああするよりほかはなかったと、思う。

歩が恩のある会社のために私と別れて夏乃さんを選んだことは、仕方のないことだった。

そのことを別にしても、歩は、夏乃さんの存在を意識し、落ち込む私を持て余していたんだろうし、別れてからは、単なる上司と部下という関係を貫いている。

歩が見せる、恋人同士の時とは違う、きっぱりとした態度の変化に、別れてすぐの頃の私は戸惑っていたけれど、それが歩の選んだことならばと、必死で受け入れ、そして、歩への愛情は封印した。

「神田?……一花っ?」

はっと顔を上げると、目の前には歩の整った瞳があった。

ぼんやりとしていた私の瞳を覗き込み、吐息が感じられるほどの距離に、歩はいた。

「あ、だ、大丈夫です、ちょっと考え事を……」

まさか、歩と別れた頃の事を考えて、心を痛めていたなんて、言えないし、知られたくなくて、大きく笑ってごまかした。

「そ、それより、どうかしたんですか?会議室にわざわざ来たのは、相模主任に録画を頼まれたからですか?」

「……あ、ああ。相模だな……」

「え?」

椎名主任は苦笑しつつため息を吐くと、気持ちを切り替えるように一瞬天井を見上げた。