それからは、料理を作る度に椎名主任が以前愛した女性の事を思いだし、そんな意地っ張りな自分が嫌いになったけれど、とにかく我慢して過ごしていた。
それに、夏乃さんは、二度と歩の部屋に来ることはないにしても、会社では度々顔を合わせる女性だから。
椎名主任から完全に彼女の存在を消すのは難しくて、食器くらい、大きな悩みの中のほんの一握りに過ぎない。
歩の家の中から夏乃さんの気配を全て消したとしても、椎名主任の生活から、彼女の存在を完全に消すなんてできない現実は、かなりつらかった。
耐えられなかった。
限界だった。
大好きな恋人と一緒にいる度に、夏乃さんを意識してしまって、素直に笑えないし泣けない。
たとえ歩が夏乃さんへの愛情を既に持っていないとしても、夏乃さんは歩を忘れていなかったから。
抱き合っていても、歩を夏乃さんと分け合っているような感覚に陥って体は強張った。
もう、無理だった。
更に、これ以上歩といたならば、自分はどうなるんだろうかと悩み、苦しんでいた。
そんな時に夏乃さんが私に向かって投げつけた言葉がとどめとなり、私は歩の側にいてはいけないんだと、覚悟を決めた。
そんな私の状態に、いつも近くにいた歩が気付かないわけがない。
『別れよう』
苦しげに呟いた歩が、心底それを願っていたのかもわからない。
それでも、日々蓄積される夏乃さんへの苦しい嫉妬と、私が歩と別れなければ大変なことになると、脅すように言われた言葉は、私の正常な思考回路を奪った。

