ほどよいあとさき



思いの淵をさまよっていた私は、はっと視線を上げて、歩を見つめる。

笑っているのではないけれど、どこか楽しげな瞳。

出会った時から私を魅了してやまない、そして、どうしても欲しいと思わせる瞳が目の前にある。

「意味って、何?」

歩がその魅力的な瞳で尚も私を見つめて、そしてその中に引き込まれそうになる。

そんな私の気持ちに気づいているはずなのに、小さく笑ったまま、あっさりと言葉を続ける歩にざわざわとしたものを感じる。

歩は、小さく息を吐くと、何かを覚悟をしたかのようにぐっと表情を引き締めた。

「相模に一花を預けたのは、株主名簿が出来上がって、いよいよ夏乃の戯言に対抗する段階になって……その渦中にお前を巻き込みたくなかったからだ。
経理部のIR課にいれば、嫌でも株主名簿を目にする機会は多い。
前回の名簿とかなり顔ぶれが変わった内容を見て、一花が不信に思うと困るから、お前を相模に預けたんだ」

「不信?」

「ああ。ずっと同じ顔ぶれの大株主が並んでいた中で、突然知らない名前の羅列を見たら、きっとその理由を探るだろうし、夏乃の一件にたどりつくかもしれない。
とりあえず会社の経営は従来通り続けられる目途はたったけど、夏乃がどういう態度で出てくるのかがわからなかったから、一花を相模のもとに預けて、というよりも逃がしたんだ」

私の頬を、両手で優しく包み込んだ歩は、これまでに見たこともないほど苦しげな目をしている。

私を気遣い、壊れ物を扱うように軽く触れる指先が、すすっと頬を流れていく。

その触れ方が大好きで、いつもじっとしたまま歩から与えられる感触を楽しんでいた。

けれど、あまりにもわけがわからない言葉ばかりを落とされて、今の私はその感触を単純に楽しもうという気にはなれない。

「逃がしたって、えっと、夏乃さんから逃がしたってこと?」

相変わらず私を心配そうに見ている歩に、聞いてみた。