ほどよいあとさき



「……知ってる。こないだ、相模主任から笑い話のように教えられたもん」

策略。

それを相模主任は「今だから言えることも多いけど」と前置きをして、楽しげに教えてくれた。

たまたま会議室で後片付けをしていた時に、次の会議の為に早めに来た相模主任と会った。

会議室に一人でいた私は、相模主任にもったいぶられながら、そして時々歩の名前をわざとらしく出されながら、冷やかされながら、教えられた。

本当、疲れた時間だった。

『俺も結局どんな恩なのかは聞いてないけど、椎名は会社に恩があるって言って、会社のために夏乃と結婚するかもしれないと……絶望的な顔をしてたな。
椎名と結婚したくてたまらない夏乃は、彼女のお父さんが持ってる片桐の株式を海外の投資家に売って、片桐の経営を複雑にする、と言って上層部を脅したんだ。
確かに夏乃のお父さんの持っている株式を売れば、それも可能だったから、上層部は大慌てだ。
おかしいよな。これほど世間に認知されている優良企業なのに、たったそれだけのことで右往左往して。
まあ、それが会社の宿命なんだけど。
で、上層部から、その話を聞いた椎名も一度は夏乃を受け入れて結婚して会社を救おうと決めた。
そして、恋人だった神田さんを手放した』

明るい声を心掛けてくれていたのか、冗談まじりに伝えてくれる相模主任の声に
は、悲壮感はないけれど、それでもどこか私への気遣いが感じ取れた。

『建築界の至宝』と言われている相模恭汰でさえ、どうしようもできないことがあると、わかっていたのに自分の力のなさを実感したとも呟いて、苦しげに笑っていた。

そして、大学時代から付き合っていた恋人でさえ、建築士として大きな名誉である賞を獲ってもつなぎとめることはできなかったと、自嘲気味にぽつりと言って、肩を竦めていた。