ほどよいあとさき



「歩のお父さんが引き起こした事故で、たくさんの人が悲しい運命を背負うことになったし、それを変えることはできないけれど、そのことだけを考えて、自分の人生をないがしろにしていいなんて思わない。
歩のせいじゃないのに、それに、歩だって大好きなお父さんを亡くして悲しいのに。
自分の人生を後回しにして、つらい思いだけを背負うことはない。
私だって、一緒にそのつらい思いを背負うし、歩だって、幸せになってもいいんだよ」

「一花……」

「私、一年間歩と離れていた時に、何度も歩のことを忘れようと思って、努力したんだけど、無理だったの。
私には歩よりももっと素敵な人が現れるとか、お見合いでもして玉の輿にのってやるとか。
あ、お父さんに頼んで将来有望な弁護士さんを紹介してもらおうとか、考えた」

小さくため息をつく。

自分が勝手に歩が気を悪くするようなことを言っているのに、言葉にすればするほど自分を追い詰めるようでつらくなる。

なら言わなければいいのにと思いながらも止まらなくて、心も痛む。

「でも、毎日職場で顔を合わせて歩が頑張ってる姿に気持ちは奪われるし、実は相模さんに負けないくらい全社にその名前が知られているって知って尊敬もするし、夏乃さんとよりを戻す様子もないからまだ望みはあるかな、って期待しちゃって」

大きくため息を吐いて、目の前の歩を睨みつける。

私の言葉を黙って聞いてくれる歩は、そんな私の様子に何の変化も見せることなく私の次の言葉を待っている。

動揺していたはずの歩の表情も、いつの間にか落ち着いていて、感情の揺れが一切見られない。

結局私一人が興奮している状態だ。

「歩、素敵すぎるんだもん。私と別れても、私が仕事で成長するように難しい内容のものも与えてくれるし、別れた恋人なのに、他の人と分け隔てない態度で接してくれるから、仕事もしやすいし。
……まあ、分け隔てなくってのは、ちょっとつらい時もあったけどね。
とにかく、この一年、素敵過ぎる歩のことを諦められなかったの」

早口で話した私の呼吸は少し荒くて、何度か大きく息を吐いた。